1.はじめに

 今回の『阪南経済NOW』は,村上雅俊が担当します。阪南大学経済学部では主に統計学を担当しています。昨今のコロナ禍の中で,皆さんは非常に制約ある生活を送っていることと思います。今なお非常に大きな制約下の中にはありますが,是非,感染対策を十分にとって,有意義な学生生活を送っていただきたいと思います。
 対面での講義・演習の制約もあって,オンライン,ハイブリッド,そして対面授業にて,講義・演習課題が課されることが多かったことと思います。制約は非常に大きいですが,自身は学生であるということを肝に銘じ,勉学・研究に励む中で付加価値を高めていき,そして将来の選択肢を広げてほしいと思います。

2.「ワンチャン」を測ってみる①

 さて,本稿の主題に移ります。本稿の主題は先述の前置きの最後の部分に関連します。私の過去の経験から,ごく少数ではありますが,自身が学生であるということを忘れ,勉学に熱心ではない(なくなろうとしている)学生を見ることがありました。そういった学生が特に定期試験や小テストの前に使う言葉の一つとして「ワンチャン」がありました。・・・「ワンチャン」とは何なんだろうかと困惑しつつも,特定のケースにて共通して用いられる言葉,というよりもそれが意味すること,に興味を持ちました。以下は,実際に私が聞いた会話を,少し(いささか極端に)デフォルメして示したいと思います。・・・だいたいこんな感じです。

B君:「最近よく講義を休んでいるね。大丈夫か?」
A君:「バイトが朝まであった。講義の時間まで少し寝ようと思って寝た。起きたら講義が終わっていた。そんな事が最近多くなっている。昨日,先生は何か言っていた?」
B君:「来週に小テストを実施するらしいよ。LMSでも連絡があったよね」
A君:「えっ,えっ,聞いていない」
B君:「確認していないの? 受講していないのだから聞いていないのは当たり前だなぁ」
A君:「どんな小テスト?」
B君:「これまでの講義をふまえた内容で,全部で10問,それぞれ選択式らしいよ」
A君:「選択問題か。選択肢はいくつあるの?」
B君:「各問とも選択肢は5つらしいよ。6割以上正解で合格らしい。シラバスどおり期末試験を受ける権利を,来週の小テストの合格でもらえるらしいよ」
A君:「選択肢5つで,その内1つに正解があるんでしょ。しかも10問でしょ。ワンチャンあるよな。なんとかなるでしょ。ところでB君勉強してる?」
B君:「もちろん準備しているよ。A君ほんまに大丈夫か?準備しないと・・・」
A君:「ワンチャンある」

 さてさて・・・,インターネットで検索してみると,ワンチャンとは,One Chanceの略語だそうです。また,真偽は定かではないですが,とあるユーチューバーからこの略語は広まったとされています。ポジティブな状況にもネガティブな状況にもこの略語は使われているようです。
 では本題に戻ります。上の会話でA君はワンチャンをどの程度の確率と見積もっているのでしょうか。どうしてもワンチャンの語源よりもそちらの方が気になります。A君はそうあって欲しいとなかば願いも込めて,6割以上正解する確率を高めに見積もっているような気がします。皆さんならA君と同様の状況にある時(無いように願いますが!)に,合格の確率をどう見積もるでしょうか?

3.「ワンチャン」を測ってみる②

 ワンチャンを測るために,先述の会話の内容を統計学に落とし込みます。会話の内容をシンプルにするために整理します。整理すると次の週にある小テストについて以下のような数字を拾い上げることができます。

①設問は全部で10問
②1問あたりの結果として考えられ得る事象は,「正解」・「不正解」の2つ
③各問とも選択肢は5つ,選択肢5つのうち1つが正解=でたらめに解答して正解する確率は各問1/5(=0.2)

 1つの問いに解答することを,トライアル(trial=試行)1回としてカウントしようと思います。トライアル1回ごと(この場合は,1問目の解答が2問目ならびにそれ以降の解答へ影響を及ぼさない。互いに独立なトライアルごと)に出現する事象が正解・不正解の2種類で,2種類の事象のどちらかが出現する確率が分かっているという状況になります。このトライアルを何回か(会話例では10回)くり返した場合に,確率がいくらになるのかをはじき出す道具を統計学は提供します。

4.「ワンチャン」を測ってみる③

 統計学が提供する道具とは,2項分布(binomial distribution)の確率関数(確率密度関数)と呼ばれるものです。道具を提示する前に,以後のワンチャンの計算用に先の会話に沿っていろいろと定義していきましょう。
 まず,1回のトライアルにおける事象の生起確率をpとします。先の会話の例で言うと,でたらめに解答して正解となる(正解が生起する=正解となる)確率は1問あたり0.2ですので,p = 0.2です。次にトライアルを何回くり返すかをnで示します。小テストは全部で10問ですのでトライアルは10回となり,n = 10です。
 不正解の確率も示しておきましょう。1問あたりに起こる事象は正解か不正解の2種類ですので,問い1つについてそれぞれの確率を足し合わせると,もちろん1(100%)となります。ですので,全体から正解の確率を引けば良いことになります。不正解の確率は1問あたり1-p = 1-0.2 = 0.8です。1問あたり5つの選択肢のうち4つは不正解ですので,4/5=0.8としても良いです。
 正解の回数も定義しておきます。ここでは正解した問題数をxと示します。先の会話の例ではA君が「まったく正解しない」~「すべて正解する」まで考えられるので,x = 0,1,2,・・・,10となります。
 数字をまとめてみると,p = 0.2,n = 10,そしてA君は6割以上正解しなければ合格しないのですから,その確率を求めるために必要なxは,x = 6,7,8,9,10となります。
 では,少し前置きが長くなりましたが,2項分布の確率関数を示します。
 2項分布の確率関数の右辺第1項にある記号は,高校でも学習する,組合せ(combination)を示しています。これを2項係数とも言います。n個のうちx個をピックアップする時の組合せの数を計算する方法です。例えば10問中1問正解する場合,問1~問10の間のどこで正解するのかを考えると,その組み合わせはもちろん10C1 = 10通りになります。また,2問正解であれば,1問目と2問目の場合もあれば,3問目と6問目という場合も考えられます。合計すると組合せは増えて10C2 = 45通りです。
 さて,この2項分布の確率関数に先ほど定義した数字をあてはめて,計算しましょう。再度になりますが,A君の「ワンチャン」はA君の発言から,「試験対策をせずに,五肢択一の問題にでたらめに解答して6割以上正解する」というものですので,「10問中6問正解」から「すべて正解」までの確率を足し合わせることになります。計算は手計算でも十分可能(是非確かめてみてください!)なのですが,ここでは表計算ソフトを使って求めた結果を示します。計算結果は表1のようになります。そして,A君の例で10問中何問正解するかの確率を分布図にした(でたらめに解答するときに10問中の正解確率を正解獲得数ごとに示した)のが図1になります。

表1 でたらめに解答して10問中6問以上正解する確率は?

  • 図1 正解数ごとの確率分布

5.「ワンチャン」を測ってみる④

 表1にあるとおり,でたらめに解答して6割以上正解する確率は,0.00636・・・となりました。パーセントに直すと0.6%強です。
 A君の言うワンチャンは,でたらめに解答する,そして勝つ(合格する)見込みがほとんどないという意味で,「非常にリスキーなギャンブルに学費を賭けたもの」ということになります。少なくとも私はこのようなギャンブルに学費を賭けるぐらいなら,仕事終わりにどれだけ時間が無くても目をこすりながら試験対策の勉強をします。意図せずともA君の学費が非常にリスキーなギャンブルに流れてしまったという点から,A君は大きな過ちを犯したとも言えます。
 最後に,確率を考慮した平均値(期待値)を計算しておきます。A君の例のように,でたらめに解答した時に平均的に何問正解するのかを確かめておきます。2項分布の場合,期待値は試行回数(n)×生起確率(p)で計算できます。ここまで見てきたように,試行回数=10×生起確率(1問あたりの正解確率)=0.2なので2です。A君の場合は,平均正解数(勝率?)2割の非常にリスキーなギャンブルに,6割以上勝つという期待(願い)を持って,学費を賭けたことになります。その危険性は,正解なしが10%強もあり,0~5問正解する確率が99.4%という,まさにクレイジーな「ギャンブル」だったことからも分かります。
 さて,冒頭でA君の例を,自身が学生であることを忘れて勉学に熱心でない(なくなろうとしている)数少ない学生の会話例として示しました。そういった学生のその後がどうなったかを確認したわけではないですが,統計学的に,状況は悲惨だと推測できます。

 ・・・やはり日々学び問う姿勢が大事ですね・・・。もちろん,いろいろと準備した・対策を練った上で頑張ったけれども,最終結果が実際にどうなるか分からない状況が人生の中で現れるかもしれません。その時のOne Chanceを私はまったく否定しません。きちんと準備・対策して取り組んだ後の「願い」は,従来より「果報は寝て待て」と言われてきたように,高い確率でかなうはずだと思います。A君の例で言うならば,各問5つの選択肢が小テストへの準備・対策の結果によって絞られていく状況となります。努力する者こそ報いを受ける社会であってほしい。そういった個人的な願いを込めて本稿を閉じます。ちなみに,イギリスの諺には以下のようなものがあるそうです。

The best throw of the dice is to throw them away.