西洋(経済学部教授)の論文“"A growth regime approach to demand, distribution, and employment with endogenous NAIRU dynamics”が、フランス発祥の経済学「レギュラシオン理論」を専門的に扱う学術誌Revue de la Régulation: Capitalismes, Institutions, Pouvoirs. No. 32, Spring, 2022に掲載されました。

 経済学において、失業にはさまざまな種類があります。なかでも、自然失業率は一般に、経済主体の合理的なインフレ予想や、労働市場における実質賃金率の変化を通じて、労働の需要と供給が均衡するときに実現する失業率と考えられてきました。市場メカニズムがじゅうぶんに機能していれば、失業率はこの水準に落ち着くわけです。また、インフレ非加速的失業率(Non-accelerating inflation rate of unemployment :単語の頭文字からNAIRU)はこれに類する概念であり、名目賃金や物価が一定になる失業率です(つまり、物価変化率が加速しない状況です)。こうした概念は、毎年のマクロ経済学1や2の授業で、学生の皆さんも学びます。

 しかしながら、サブプライムショックやリーマンショック後の失業率の持続的な上昇は、この考え方に再び大きな疑問を投げかけました。自然失業率は市場メカニズムの機能によって決まるものではなく、有効需要の大きさ(学生の皆さんも習うあの概念)によって変化するものではないだろうか。とくに経済活動水準を決定するうえで、需要の役割を重視するケインジアンはこう考えました。わたしの研究では、端的に言うと、この考え方に需要や所得分配に関わる制度的調整を取り入れたとき、どのようにNAIRUが変化するのかを考えました。その際に着想を得たのがレギュラシオン理論です。

 レギュラシオン理論は、資本主義経済の動態的な変化を、国内外の制度的特徴に基づいて説明します。この理論は、本学経済学部でも学ぶことができます。フランス語のレギュラシオン(Régulation)は制度による「調整」と邦訳され、これが経済主体間のゲームのルールを形成します。このルールのもとでの経済活動が、各国・各時代に固有の成長(発展)と危機(不況)を生み出すと考えます。

 わたしの研究では、この制度による調整をマクロモデルにおけるパラメータに具現化し、制度的調整に応じて、成長と危機の現れ方が異なることを示しました。こうした制度によって支えられる成長と危機は、成長レジームという概念に縮約されます。これらの概念を用いて、NAIRUの変化は市場メカニズムのみで決まるものではなく、需要や所得分配に関わる制度的調整、それゆえ成長レジームの類型にも依存していることを、理論的にも数値計算的にも明らかにしています。

 レギュラシオン理論は、数学的な論理的厳密さを追求するだけでなく、各国の歴史や制度に学び、理論を組み立てる志向をもちます。その着想の一つにはアナール学派(L’école des Annales)がありますが、この言説に「ある経済はその制度的構造に基づく景気変動をもつ。制度諸形態の変化によって生み出される経済の構造変化は、成長と景気変動に変化をもたらす。」というものがあります。今回の研究でこの点を分析的に解明したことがレギュラシオン理論にとっての貢献になったと考えられます。

 わたしの研究、学術論文の掲載の過程で修得した研究技術や成果は、演習や授業などにおいて学生の教育に積極的に還元していきます。