西洋(経済学部教授)の論文“Revisiting Baumol’s growth disease in Japan"が、The Japanese Political Economyに掲載されました。

  バブル崩壊後、日本経済は全般的に低成長を経験してきました。この概要や原因は私の担当する講義「日本経済論」でも、詳しく説明します。この過程で、労働生産性の低迷は顕著です。
 
 労働生産性とは、労働投入当たり(ふつう総労働時間あたり)で、どれくらいの実質付加価値(新たに生み出された物的豊かさ)を生み出すことができるかを示すものです。これは,その国の労働者の所得の大きさ、生産技術や国民の生活水準の高さなどに関わる重要な指標です。日本経済は過去30年に渡り、この伸びの低迷に苦しんできたのです。ただし、先進国も2008年の世界金融危機を機に、以前と比べると軒並み低成長に苦しみ、とくに低成長と低インフレの持続的並存は「長期停滞(secular stagnation)」と呼ばれ、この解明に多くの研究が行われました。
 
 この原因について、私は一国経済を構成する産業(似通った商品を生産する企業の集合体)のパフォーマンスの違いと、産業構造変化が、どの程度、そしてどのように労働生産性の低迷に貢献しているのかを研究しました。
 
 この分野の古典的研究として、ウィリアム・ボーモルによる不均等成長モデルがあります。労働生産性上昇率について,高い産業と低い産業から経済が構成されているとき、例えこの上昇率が変わらなくても,ある条件のもとで低い産業に労働が移動していくことで(これを産業構造変化といいます)、経済全体での労働生産性上昇率が下がることを理論的に証明しました。つまり生産性の低迷は,各産業の生産性の低迷だけでなく、産業構造変化によっても起こりうるのです。これをウィリアム・ノードハウスはボーモルの成長病(Baumol’s growth disease)」と呼びました。
 
 私は2019年に発表した論文で、日本経済において1970年代からボーモルの成長病がどの程度起きているのかを長期的に測定しました。しかし、1990年代以降の期間から最近までを対象にこの問題を検証するためには、より最新のデータと直近の期間が必要です。こうした中、経済産業研究所(RIETI)から重要なデータベースが更新されました(JIPデータベース2021の公表)。今回の研究では、このデータベースを使って、以前よりも簡便な方法で、ボーモルの成長病とその特徴を検証しなおしました。
 
 その結果、産業構造変化による労働生産性上昇率の低下は、小さいものの依然として持続的に発生していること、とくに各産業の労働生産性上昇率自体が下がっているなかで、この問題が低成長に拍車をかけたことを明らかにしました。また、日本経済は、このボーモルの成長病にかかり易い体質をもち、いったんかかってしまうと、治りにくい性質を持っていることも示しています。ボーモルの成長病は小さい程度で持続的に起こっているのです。ショックに強く安定的な経済(レジリエントな経済)を創るためには、この体質から脱却する必要があります。
 
 日本経済のような大きな単位を分析する際には、マクロ経済学の視点(大きな視点で経済を観察する方法)が必要です。しかし、マクロ経済はそれを構成する異質な企業や産業から構成されていることも忘れてはなりません。私の「日本経済論」では、マクロ経済学を用いながらも、大きな視点だけでは見えてこない問題や、最新の研究成果も取り入れた講義を行います。
 
※この研究は科学研究費助成事業基盤研究(C)(課題番号21K01495)に支援いただいたものです。また、この論文は,武蔵大学国際シンポジューム『日本と世界の長期経済停滞は新しい世界大恐慌の始まりか』での私の招待講演に基づくものです。この第2部も開催され、著名な経済学者たちが報告を行います。