西洋(経済学部教授)の論文“Fiscal policy and social infrastructure provision under alternative growth and distribution regimes"(大熊一寛,東海大学教授との共著)が、Evolutionary and Institutional Economics Reviewに掲載されました。
 新型コロナウイルスによるパンデミックがあきらかにしたように、われわれの生活や経済活動は市場メカニズムだけでなく、社会的共通資本に支えられています。
 かつて宇沢弘文という有名な経済学者は、社会的共通資本を、大気、海洋、森林、河川、水、土壌などの「自然環境」、道路、交通機関、上下水道、電力・ガスなどの「社会的インフラストラクチャー(社会的インフラ)」、教育、医療、司法、金融、文化などの「制度資本」という3つのカテゴリーから構成されるものと考えました。いずれも、生活と生産基盤として重要な役割を果たし、「豊かな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするよう社会的装置」として機能しています(宇沢弘文『社会的共通資本』、岩波新書、2000年)。このように、社会的共通資本には、経済や社会のレジリエンス(回復力 ・耐性力・適応力)を高めることが期待されています。
 このうち、われわれの研究プロジェクトでは、社会的インフラの役割に注目しました。社会的インフラは、主に政府によって整備・維持されますが、この整備・維持に伴って、政府支出の拡大が有効需要を高めたり、企業の生産活動が効率的になり労働生産性が上昇したりする効果が期待されます。同時に、この整備は多額の費用が掛かります。現在、日本の公的負債残高は国内総生産の二倍以上と、先進国の中でも最も高い水準にあり、財政の持続可能性がしばしば問われます(有効需要や労働生産性、公的債務残高はマクロ経済学や日本経済論の授業でも学びます)。
 (1)財政の持続可能性を担保しながら、(2)経済成長率を安定的に引き上げ、さらに(3)経済や社会のレジリエンスを高めるための社会的インフラを整備・維持することは可能なのでしょうか。
 この問題や付随する理論的課題に答えるために、われわれは、経済成長率と所得分配、および政府のインフラ整備と負債比率の動きを同時に観察できるマクロ経済モデルを構築しました。
 この研究の結論の一つとして、これら三つの目標を実現するには、とくに労働者一人あたりの社会的インフラが労働生産性を引き上げる効果を高めていくことが鍵になることを示しました。経済的な意味に言い換えると、この結果は、人への投資の質(例えば、教育や医療など)を拡充していくことが重要であることを示しています。社会インフラの供給と質の向上にお金をかけることは、一国経済にとって決して費用ではなく、むしろレジリエンスや経済発展のために必要であることを導いています。これらは、宇沢弘文やロベール・ボワイエといった政治経済学等の科目で学修する学者たちが論じてきたことです。それゆえ、われわれは、この結果を宇沢・ボワイエ命題と名付けました。
 現在、インフラの質と経済成長率を高めるためにはどれだけの税率や政府支出を行えばよいのか等、残された課題について継続して研究をしています。
 
※この研究は科学研究費助成事業基盤研究(C)(課題番号21K01495)に支援いただいたものです。