西洋(経済学部教授)の論文“A Kaleckian growth model with public capital and debt accumulation"(大熊一寛、東海大学教授との共著)が、Metroeconomicaに掲載されました。


 以前の研究紹介で触れたように、公的資本、広くは宇沢弘文のいう社会的共通資本は、経済や社会のレジリエンスを高める役割をもちます。とくに経済的レジリエンスとは、経済学で習う市場の効率的資源配分とは異なる概念であり、ショックに対する耐性力・回復力・適応力を総合的に捉えるものです。
 日本の公的資本は、とくに老朽化が進みその維持や更新に多額の費用が掛かるなか、21世紀にふさわしい形で、新たな整備が求められています。例えば、パンデミックのような危機に対する医療整備体制の構築やオンライン・オフラインでの物流網の整備、自然環境の維持などを考えてみてください。
 政府はこの社会的課題に応えると同時に、厳しい財政状況(日本の政府債務残高の対GDP比率は250%程度)を抱えています。このとき、公的資本の整備、財政の持続可能性、そして高い経済成長は、いかに実現可能でしょうか。またこの過程で、政府の進める賃上げはこれらと両立するでしょうか。
 今回われわれはこの問題を総合的に理解するために、公的部門の資本と負債の蓄積が同時に進む高次元マクロ経済動学モデルを新たに構築しました。公的資本を蓄積しながら(公的資本の持続的整備)、負債比率の発散的上昇を抑える条件(財政の持続可能性)、高い経済成長率(これは雇用の安定ももたらします)を実現する条件を理論的に解明しました。
 この研究からは、税率の引き上げや公的資本への支出拡大が、高い経済成長と、生産能力の拡大をもたらすことを、あらためて確認できました。前回の研究では、言葉でしか説明できなかった「宇沢・ボワイエ命題」を、数理的なモデルをつかってより強固に証明することができました。「宇沢・ボワイエ命題」とは、課税や国債発行によって、公的資本の整備や人的資本の向上にお金をかけることは、経済的レジリエンス(この研究では財サービスのじゅうぶんな供給能力)や経済発展の費用や阻害要因ではなく、これらを強化させることを言います。効率性だけで経済を評価するだけでなく、強い経済を創る費用や支出の側面こそ重要なのです。
 現在、わたしは公的資本を整備し、かつ財政の脆弱化を抑制しながら経済成長率を高めるためには、どのように政府の負債比率や中央銀行の金利を設定すればよいのかを理論的に研究をしています。得られた研究成果の一部は、分かり易い形で、日本経済論やマクロ経済学の授業に還元してまいります。

※この研究は科学研究費助成事業基盤研究(C)(課題番号21K01495)に支援いただいたものです。