今年度の専門演習では、昨年度に引き続き「気候変動のもたらす諸問題の探究と市民地域により建設された自然エネルギー発電所に関する実態調査」を研究テーマに行ってきました。11月8日(金)に奈良県の南東部の山間地域にある「つくばね小水力発電所」へ視察見学に行ってきました。その様子を報告します。
 
 まず、この発電所の特筆すべきことは昭和38年に閉鎖された発電所を平成29年に54年ぶりに復活させた点にあります。大正3年に地元で銀行や酒造業を営んでいた有力者船津弥八郎氏が地元林業の発展を目指し、「筑波峯(つくばね)発電所」を開設しました。「つくばね」とは、同地につくばねの木がたくさん生えていたことに由来します。電力は45kwでした。集落の300戸以上に明かりが灯るようになり、木材製材所の機械化に貢献しました。結果、吉野の杉を使用した住宅構造材などの木材加工業も発展しました。その後、発電所は関西配電から関西電力に移行し、昭和38年に閉鎖しました。
 
 つくばね小水力発電所の復活は、過疎化していく村の活性化の起爆剤として、かつての村の元気を取り戻したいという思いから始まりました。平成23年に発足した「元気な東吉野村と林業をめざす会」は林業と小水力発電の学習を重ねました。一方、紀伊半島大水害、十津川村大水害をきっかけに、地域貢献を目的に自然エネルギーの拡大を目指していた「ならコープ」の吉野共生プロジェクトの賛同を得、つくばね発電所復活事業が歩みを始めることになりました。
 「東吉野村小水力利用推進協議会」が設立され、代表には元・関西電力職員で、東吉野村議会議員も務めた森田康照氏がなりました。
 
1. つくばね発電所を復活させて、村に元気を取り戻す
2. 固定価格買取(FIT)制度を活用し、売電収益を村の活性化に役立てる
 
 この2つの目標を掲げました。この呼びかけに、多くの賛同者が現れ、復活に向けて村役場や奈良県庁との協議、地元住民との意見交換を進めていきました。平成26年にはならコープのグループ会社「株式会社CWS」の協力を受け、「東吉野水力発電株式会社」を設立させました。役員には森田が代表取締役、漁業組合の組合長、森林組合の理事、CWSの社長が就任しました。そして、小水力発電の専門家を迎え、導水路や発電所など、より具体的な開発が計画され、復活工事が進められました。以上のことから、森田氏の地元復活にかける強い情熱とそれを支える多くの関係団体により、発電所の復活が成し遂げられたことがわかります。
 
 総事業費は2億3,500万円です。このうちの5250万円はクラウドファンディングを活用、すなわち1口3万円で出資を募り、出資者に年間売り上げの55%を5年間還元するというものでした。これには全国から1750人の応募があったといいます。実際に創設1年目には元金に163円をプラスして還元することができました。
 
 平成29年7月、「つくばね発電所」は復活しました。発電所の前を流れる日裏川の上流から取水し、山林の地中に埋まった導水管1.4kmを通り、高さ105mの山頂から水車へ水を流し込みます。その水が落ちるエネルギーを利用して水車と発電機を回し発電しています。つくばね発電所は、最大で82kwの発電能力(毎秒100リットル?有効落差105m)があります。
 復活前の調査により、当初の計画では年間発電量は62万kwh以上を見込んでいました。しかし実際には最大でも年間57万kwh程度しかなく、令和3年度と4年度では約45万kwh程度しか発電できませんでした。小水力発電は雨量に大きく左右されます。近年の渇水時期と集中豪雨が続くような気候では、最大発電量に近い状況を維持するのは困難になってきています。悲しいことですが、気候変動が小水力発電の経営にも影響を与えていることがわかります。
 
 
 
 ここで発電のための生産設備を図と写真を使って説明していきます。まず、取水口のある川の写真と取水口の写真です。日裏川の上流はたいへん綺麗な風景でした。そして、川を横断する形で敷設された5mほどの取水口があります。この梯子のような形をした取水口で小石や岩などを遮断し、水だけを汲み取ります。
  
 
 取水口に落ち葉などが積もると取水量に影響がでるため、週に1~2回清掃する必要があります。こちらは落ち葉を取っている様子を写したものです。
 
 
 
 下の写真が沈砂池です。取水口で水を採取する口は粗い目となっているため、砂や砂利が入ってきます。これらをこの沈砂池で受け止める仕組みになっています。過去に1度だけ、台風による土石流で取水口から沈砂池までの土管が砂利で詰まった状態があったそうです。そのような状態を防ぐため、台風前に取水を止めたり、年に1回は沈砂池の中に入り、砂利を取り除く掃除をしているというということでした。
 
 
 
 下の写真は取水口から続く1.4㎞の林道です。実はこの林道の下に直径50㎝の導水管が埋め込まれており、取水した水を1.4㎞先のヘッドタンクに送り込んでいます。1.4㎞の山林には所有権者がいるため、導水路管の敷設の了解を得ることには大変苦労があったということです。
 
 
 
 杉林の間に水圧管が見えます。山頂から発電機まで105mの落差があります。気を付けて見ないと分からないところが、ダムや風力発電所などと違う、景観に影響をあまり与えない小水力発電の魅力であると考えます。このような立地はまだまだたくさんあると思われます。小水力発電が広がることを期待したいところです。
 
 
 
 下の写真が水車と発電機になります。発電能力は82kwです。直接、水力発電機を見たのは初めてでしたのでとても感動しました。水力発電は北欧が盛んでしたので北欧のメーカーかと想像していましたが、中欧の工業国チェコ製でした。竣工式にはチェコ大使も参列されたそうです。
 
 
発電所の点検口を開けてもらいました。ここに毎秒最大100リットルの水が流れていきます。白く泡立って見えるのが日裏川から取水した水です。
 
 
 発電所の小屋(中央)とそこから流れ出す流水が見えます。取水口からパイプの中を旅してきた水はこうして日裏川に戻されます。たいへん小さな発電所ですが、太陽光のように場所をとらず、比較的大きな電力をえることができるように思います。
 
 
 さて、つくばね発電所の電気はどこに行くのでしょうか。答えは自然エネルギーを使いたいと考える家庭、「ならコープでんき」を利用する家庭に届けられています。東吉野水力発電とCWSが特定卸供給契約を結んでおり、この契約を通じて、つくばね発電所の電気をCWSが買い取り、「ならコープでんき」として供給しています。
 
 
 
 
 
 地元にある1,300年の歴史を誇る丹生水上神社に「つくばねの木」がありました。実に4枚の羽根がついており、羽根付きの羽根にそっくりでした。
 
 
*参考資料
東吉野水力発電株式会社(2023)『つくばね小水力発電所——地域住民の協同で54年ぶりに復活した小水力発電——』
 
*謝辞
 当日は、大谷彩貴東吉野水力発電株式会社取締役に終日丁寧な説明をして頂いた。深謝申し上げる。また、東吉野村までの引率など、株式会社CWSの川邉保江経営推進本部エネルギー事業グループマネジャーをはじめ、CWS、ならコープの関係者の皆様に大変お世話になった。併せて御礼申し上げたい。