世界の頂点に君臨する国際学会AIBのレビュワー、及び関連学会AJBSのチェア、プレゼンテーターとして — インドのバンガロールで開催された国際学会

 こんにちは。経営情報学部の伊田昌弘(「国際ビジネス論」、「eビジネス論」担当)です。

 今回は、この6月にインドのバンガロールで開催された国際学会であるAIB (Academy of International Business)及び関連学会AJBS (THE ASSOCIATION OF JAPANESE BUSINESS STUDIES) について、私が行ってきましたので、お話ししたいと思います。

はじめに

 AIB(Academy of International Business)は、1959年に誕生した国際ビジネスに関するアメリカ生まれの国際学会で、2015年時点で、全世界88カ国に3,000人以上のメンバーを擁し、この分野では世界の頂点に君臨している学会(本部はアメリカミシガン州立大学)です。

 50年以上の歴史を持ち、戦後本格的に始まった国際ビジネスや多国籍企業の研究(つまり、回り回って、皆さんが学ぶ教科書の内容)は、事実上この学会ですべて議論されてきたものと言って過言ではありません。今年は、2011年の日本(名古屋)開催以来、4年ぶり4回目のアジア開催ということで、インドのバンガロールで開催されました。

 インドのバンガロールは、「アジアのシリコンバレー」とも呼ばれ、もともとはアメリカを中心とした先進国のITグローバル企業がこの地に進出したことから、世界的に注目されてきたエリアです。加えて、インド生まれのソフトウエア産業が、先進国からの注文に応じて、ビジネス・ソフトを輸出し、「BPO」(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)という独特のビジネスモデルを確立し、世界に影響を与えてきた場所です。さらに2010年以降、ビジネス形態が、クラウドコンピューティングの発達により、先進国企業の下請からビジネスパートナーとして発展し、逆にグローバル企業をはじめとした日米欧などの先進国企業に対して、ビジネス業務の提案を行い、実際にソフトウエアを構築するという「IT-BPM」(ITを駆使したビジネス・プロセス・マネジメント)と呼ばれる新しい現象を引き起こし、それがトレンドとなって、急速に国際ビジネスあり方が変貌してきていることでも有名な場所です。こうした新興国から生まれ、巨大化し、国際ビジネスを行っている企業群は、これまでのグローバル企業と異なった意味で「新興国ジャイアンツ企業(Emerging Giants)」と呼びます。「グローバル企業」という用語とは異なるので注意が必要です。
 さて、AIBでは世界から注目されているこの地を選び、2015年度の年次世界大会をこの地で開催した訳ですが、インドのIT企業、特に世界的に注目されているソフトウエア企業であるWIPRO社(インド第2位、世界30カ国175都市に海外拠点を持つ新興国ジャイアンツ)への見学会や経営幹部たちとの懇談会もAIBによって開催されておりました。残念ながら私は日程の都合で参加できなかったのですが、私自身は過去、2004年と2012年にフィールドワークで調査ヒアリングをしたことがあり、WIPRO社の発展は、とても感慨深いものでした。
 また、会場となった、「Leela Palace」は、文字通り、「インドの宮殿」で、素晴らしい場所でした。

AIBのレビュワーとして

 AIB(Academy of International Business)の年次大会(AIB 2015 Annual Meeting)は、6月27日〜30日まで4日間開催され、この分野の学会では、世界最大規模となります。水準はとても高く、私は、この大会でプログラム委員会の下、レビュワー(Reviewer:査読審査委員)を務めました。レビュワーの仕事は、研究発表の水準を維持するために10項目からなる厳格な論文審査を行い、適切なコメントやアドバイスを付けることにあります。私は、「マーケティング」、「ITビジネス」、「クロスカルチャル(異文化経営)」の3つセッションを担当しました。全部で何10本もの論文を英語で読み、かつ的確な評価をしなければならないのですから、とても大変な仕事となります。
 AIBには、面白いルールがあって、ビジネスの業界説明しかしていない(単なる業界通!?の)しょうもない論文とも言えない論文(!?)を排除したり、分析上の誤りがある場合に当然不適格=不合格として落としたりすることが仕事ですが、落とした場合であっても、どうすれば良いのか、改善点やアドバイスも必ず書くことが義務付けられていることです。

日本の学会では、多くの場合、弱点を指摘して、しょうもないものは単純に理由を書いて落とせばいいのですが、国際学会では不適格の理由を指摘するだけでなく、どうすれば本当の良い論文になるのか、きちんとわかりやすく書かなければなりません。  レビュワーは、過去の国際ジャーナル採択件数・業績などを参考に、世界を代表すると考えられる研究者が担当することになっています。  なお、今年のレビュワーは名前と所属がすべて公開されており、全世界1,032名となっております。内、日本人はわずか4名だけです。ちなみに以下のサイトです。
(9MB以上ありますので、ご注意ください。私の名前は11ページ中ほどにあります。)

AJBSのチェア、プレゼンテーターとして

 毎年AIBの年次大会の前日に開催される関連学会として、AJBS(THE ASSOCIATION OF JAPANESE BUSINESS STUDIES )という学会があります。この学会は、カナダのトロント大学に本部があり、日本のビジネスについて専門的に研究する国際学会です。すべて英語で運営されています。今年は6月26日に開催されました。日本の国際的プレゼンスの低下が懸念される中、このような英語圏での日本ビジネス研究学会はとても貴重な学会と言えます。
 私は、AIBは20年前からのメンバーで何度も研究発表や論文を書いたことがありますが、AJBSの方は今回が初めてでした。というより、私はこれまで所属メンバーではありませんでした。4月の最初、AJBSの本部からバンガロールで開催される今年の大会(6月26日)でセッションチェア(分科会の座長)をして欲しいという依頼・招聘メールがありました。
 次いで4月の半ばになると、私の友人で今まで数多くの論文を一緒に共同で書いてきたDr. Pradeep K Ray(オーストラリアNSW大学)からAJBSの我々の論文採択が決定したので、バンガロールに行って欲しいという要請メールがシドニーから来ました。 Dr. Pradeep K Rayは、私の20年来の友人で、共に若い頃から国際ビジネスの研究してきたインド系オーストラリア人です。彼は、どうしても母国であるインドで開催される国際大会で、発表がしたかったのだとすぐに私は理解しました。
 そこで、急きょ、国際会議用のビザを大阪のインド領事館で作成することになります。インドの国際会議用ビザは、観光ビザと違って、インドの地方政府、インドの大学、アメリカの学会、日本の大学など、提出書類がたくさんあって、ビザ発給まで2週間もかかってしまう大変なものでした。中国やアメリカの先生たちで、ビザの発給が遅れてAIBやAJBSに参加できなくなった人たちが何人も続出するくらいでした。

 さて、セッションチェアの仕事ですが、これは、きちんと発表時間を守ってもらう時間管理(タイムキーピング)が一番大きな仕事です。そして、できるだけ多くの参加者から意味のある質問を引き出す仕事となります。時間を越えて発表したりする場合は強制終了させる権限を持ちます。また、質問と言いながら自分の宣伝ばかりする人を止めなければなりません。さらには、質問者がいない場合、チェアが代表して質問をします。英語ですので日本在住日本人(!)の私には大変な仕事ですが、とてもやりがいのあるものです。
そして、私のプレゼンテーターとしての研究発表ですが、以下のようなものでした。

<タイトル> TECHNOLOGICAL CATCH UP IN EMERGING ECONOMIES: THE CASE OF KOREA

 現在の新興国経済の多くは先進国からの技術導入=キャッチアップを政策にしてきています。特に韓国の場合、1970年代から今日まで、鉄鋼、造船、自動車、家電、半導体、液晶パネルに至るほぼすべての産業において、多くの主要技術が日本から伝搬してきたと考えられています。この技術の伝搬と、韓国政府の政策、日本の企業と韓国の企業との関係、つまり新興国経済の発展メカニズムを明らかにしようという発表でした。データの基礎、及び考え方は日本発の最初の学説であった赤松要博士と小島清先生の「雁行形態論」にまで遡ります。こうした日本の学説を海外で積極的に紹介し、今日的に発展・拡張する仕事は、物理、工学、医学などの理科系と異なり、明治時代から未だに輸入学問の枠による縛りが大きい日本の経済・経営といった社会科学系において、特に重要だと考えています。

おわりに

 私は、1995年にアジアで最初に開催されたAIBの年次大会(韓国ソウル)で、江夏健一先生(早稲田大学名誉教授:元国際ビジネス研究学会会長)に誘われて、初めて、AIBに参加しました。レディング学派の総帥Dunning先生、内部化理論のRugman先生、Casson先生、等々、今まで文献でしか知らなかった世界の著名なそうそうたる先生方を実際に見ることができ、とても感動したことを覚えています。
 また、1997年のメキシコ・モンテレー大会では、オーストラリアの研究者によるクロスカルチャル・セッションでコメンテーターとして、多国言語の使用について発言するために参加しました。この頃は、日本人がとても少なく、100人に1〜2人しかいなかったのです。だから、日本人の私が発言すると一斉に皆が私の方を珍しがって見るのです。そして、英語で国際舞台に立つことがとても苦しかったのが印象に残っています。
 日本のプレゼンス(95年当時、日本のGDPは世界GDPの15%以上)を考えると、あと10〜15倍は日本人がいて欲しいと思いました。もっともっと、日本の経済・経営系の研究者は、世界に貢献するために頑張らなくてはならないと思いました。
 現在は、3,084人のAIBメンバーの内、日本人が150人(約5%)くらいとなっています。インドのバンガロールでは、日本の先生とお会いすることがしばしばありました。嬉しいことです。

 おわりに、私が何故、世界をめざしたのかというと、国際ビジネスを研究していたからということが大きな理由です。しかし、もうひとつ阪南大学という大きな財産=影響があるので、これについても書いておきます。

 本学では、経営情報学部が誕生した1996年当時、情報工学系に筒井先生(人工知能論・阪南大学名誉教授)、林先生(ファジイ工学・現関西大学教授)がおられ、それぞれ世界を舞台にして活躍しておられました。工学・情報系の先生は、論文が最初から英語であることが多く、また、論文の本数も、社会科学系の3〜5倍も書きます。これは凄いことです。皆さんの先生方が、世界で通用する研究者だということですよ!!
 こうした先生と親しくなるにつれ、尊敬の念が高まり、私も何とかして頑張りたいと思ったものです。そうこうするうちに、20年経って、今日のようになった訳です。だから、阪南大学の経営情報学部が私を育ててくれたと考えています。

 とはいえ、林先生とは、「(1/n)ルール」といって、情報系の先生は共同で論文を書く場合が多いので3人ならば(1/3)本、経済・経営系はひとりで書く場合が多いので1人ならば(1)本とカウントしないと不公平だと私がクレームをつけて、そういうルールでも良いよ、と林先生が言ってくれたので、今日まで頑張れた気がします。

 現在は代替わりして、国際的な研究の舞台では花川先生や前田先生はじめ、多くの素晴らしい経営情報学部の先生方がいらっしゃいます。そして世界水準の研究を授業に生かす工夫を、それぞれしておられます。

 学生の皆さんには、講義やゼミで、経営情報学部の本当の「学びの奥深さ」、「高い価値」を是非知ってもらいたいと思います。


伊田昌弘(経営情報学部教授 国際ビジネス研究学会常任理事)