ジャズ型組織、オーケストラ型組織

 ドラッカーが知識社会の組織モデルとしてオーケストラ型組織のコンセプトを提示して以来、しばらくオーケストラという専門家集団の高度なコミュニケーションと組織力にフォーカスが当てられ、芸術家集団であるオーケストラが企業の目指すべき未来形組織モデルとして評価されたことがあります。一方、1人の指揮者が全体を統率するオーケストラの特性に疑問を持つ人たちも現れました。経営環境の激変に伴い不確実性がますます高くなっていく時代に、すでに決まっている譜面とおりに演奏をするオーケストラは、現代企業の組織モデルとしては相応しくないという意見です。つまり、既存の慣行と秩序に拘らず、予期せぬ状況に合わせて迅速な行動が要求されるこれからの時代には、オーケストラ型組織ではなく、ジャズの即興演奏のように動く組織がより適切であるということですが、皆さんのお考えは如何でしょうか。

オーケストラ型組織の特徴

 ジャズ型組織を考える前に、まず、オーケストラ型組織のことを整理しておきたいですが、

 近年、ドラッカーの議論をベースにオーケストラの組織論を書いた山岸(2013)によると、オーケストラには次のような特徴があります。第一に、オーケストラの個々の楽器が多様で、それぞれが自律的であることです。オーケストラのメンバーであるホルン、ヴァイオリン、フルートは楽器の仕組みが違うので音域や音色が異なります。音を出す仕組みが違うと、指揮者の指示を認識してから実際に音が出るまでにかかる時間すら違います。それぞれの楽器は、得意な分野も異なります。たとえば、ヴァイオリンは管楽器と違ってブレス(息継ぎ)がないので、長く持続する音は管楽器よりも得意です。作曲家は各楽器に違った役割を与え、それぞれの楽器が自律的に演奏し、総体としての音楽が形づくられます。このような説明からすると、オーケストラも組織なので「分業と調整」という組織編成の基本原理が働くのは当たり前ですが、それに加えて組織の中のダイバーシティがしっかりマネジメントされているような気がします。

 第二は、オーケストラの指揮者は成果を上げるための機関ではないということです。オーケストラの指揮者は、各楽器について詳しく知っていて、実際には演奏しないものの、どうすればそれらの楽器がよりよく演奏に貢献できるかを知り、具体的な指示ができると言います。このような話を企業のマネジャーに喩えてみると、典型的な管理者のイメージです。但し、指揮者は所謂プレイング・マネジャーではありませんので、中間管理職ではなく、最高経営者(CEO)か大手企業の事業部長クラスであると考えられます。

 第三は、オーケストラは「情報化組織」であるということです。情報化組織の特徴として挙げられたのは、①ミドル・マネジメントの不要化、②トップダウンではなく自律的な責任によるコミュニケーションに基づく組織、③強いリーダーシップなどでした。情報化組織では中間管理職は単なる情報のブースター(増幅器)に過ぎないので、中間管理職の多くは不要となり、組織はよりフラットになります。そしてこの組織に属するものは、権限でなく情報によってお互いにお互いを支えていくというイメージです。情報化組織では、各個人あるいは各部署が目的、優先順位、相互の関係、コミュニケーションに対する責任を負うときのみ機能します。また、情報化組織は寛容な組織ではなく規律あるもので、情報化組織には強く決定的なリーダーシップが求められます。一流のオーケストラでは、指揮者は例外なく、想像を絶するほど厳しい完全さが求められます。そして、一流の指揮者の必要な能力とは、末席の最も未熟な奏者をも、まるで彼らの各楽器のほんのわずかな伴奏部分の演奏によって全体の出来栄えが決まるかのように演奏させる能力です。

 山岸はこういった情報化組織の議論を踏まえた上で、情報とデータの関係を音楽と音の関係に喩えています。ドラッカーは、データの分析と判断によって意味と目的が付加されたものが情報であると言いましたが、音をデータ、音楽の意味を情報とすれば、オーケストラの行う演奏という作業の成果は、情報化組織のもたらす成果といえるという話です。また、明確で共有可能なルールである楽譜に書かれた音の意味を分析し再現することには高度の専門性が求められるという話は、企業のマニュアルに基づいた仕事の処理プロセスに似ていると考えられます。マニュアルに書かれていない暗黙知を備えた人がその仕事の専門家として活躍することと同じであるような気がします。

ジャズ型組織の特徴

 では、ジャズ型組織の特徴には何があるのでしょうか。バーナードは「共通目的、貢献意欲、コミュニケーション」を組織の構成要素としてあげましたが、ジャズバンドも組織である以上、そういった側面を持っていると考えられます。まず、オーケストラの目標が楽譜に書かれている作曲家のビジョンを具現することにあるとすれば、ジャズバンドの目標は、曲に組み込まれている作曲家のビジョンや意志を再現するのではなく、演奏者の個性や創意性に基づく「インプロビゼーション」を通じて、既存の音楽とは差別化されたブランド・ニュー音楽を生み出すことにあります。組織論の観点から見ると、即興性は、直観に似ています。ミンツバーグ(1994)によると、マネジャーは認知面での違いがあります。一方は左脳に関係する分析により傾いており、他方は右脳とより密接に関係する直観に傾いているということです。直観的な人間は考えることがあるとしても考える前に行動します。分析は直観に比べると時間がかかり、コストもかかりますが、直観の投資費用ははるかに高いです。ある問題に対する深い知識を持っていなければ、直観は機能せず、直観を効果的に機能させるためには、長い年月を必要とするからです。半面、優れた分析は、賢明な分析者が優れたハード・データを入手することができさえすれば、それを利用できます。このような話からまず考えられるのは、譜面とおりに演奏するオーケストラも、譜面よりはインプロビゼーションを大事にするジャズバンドも並みならぬ専門性が求められるということです。

 次に、貢献意欲と関連性があると思われるジャズのキーワードは「スウィング」です。ジャズ音楽において「スウィングがなければ意味がない」ことと同じく、目には見ないのですが企業組織を特徴付けるのは組織文化です。スウィングする組織という表現が可能であれば、そういった組織は、世の中で言われているGPTW(Great Place To Work)になるでしょう。スウィングする組織であれば、1+1=2ではなく、3、4の成果も出せる組織力を発揮できるはずです。ミンツバーグは、戦略には実行された戦略と実行されなかった戦略、また、当初は計画されなかったが途中で出来上がった創発的な戦略があると言いましたが、実行されない戦略や創発的戦略のことに大きくかかわっているのがこの組織文化であると考えられます。

 最後に、組織として組織力を発揮するには当然ながら円滑なコミュニケーションが必要ですが、ジャズバンドのコミュニケーションの特徴は「インタープレイ」にあると考えられます。組織論でコミュニケーションは、トップダウン、ボトムアップ、ツーウェイ・コミュニケーションなどの形で行われると議論されてきました。ジャズバンドのインタープレイはこういった側面をすべて含めたマルチウェイ・コミュニケーションであると考えられます。

 オーケストラとジャズバンドが以上のような組織的特徴をもっていることを考えると、オーケストラ型組織は、未来形組織というより、現在の「事業部制組織」の形ではないかと考えられます。また、ジャズ型組織は、具体性のない漠然とした目標をもっているチームや研究開発プロジェクト・チームなどの「チーム制組織」に適しているのではないかと考えられます。つまり、現代の企業なら、オーケストラ型組織もジャズ型組織もともに追求しないといけないのではないかということです。以上のような内容をまとめたのが次の<表>です。

<表>オーケストラ型組織とジャズ型組織の特徴

オーケストラ型組織ジャズ型組織
目標当初計画の実現
(楽譜とおりの演奏:作曲家のビジョン)
創発戦略の重視
(即興演奏による差別化)
貢献意欲全体のハーモニー
(歯車のような役割分担)
個人の個性と全体の調和
(演奏者各自のスウィングを重視)
コミュニケーションツーウェイ・コミュニケーションマルチウェイ・コミュニケーション
(インタープレイ)
リーダー像マネジャープレイング・マネジャー
統制ルールとシステム臨機応変
適応可能性事業部制組織チーム制組織

オーケストラ型組織とジャズ型組織の融合

 現代のほとんどの組織の中には、マックス・ウェバーが指摘した官僚制組織の基本概念が溶け込まれていると考えられます。官僚制組織とは基本的に特定の目標を達成することを前提にその手段が動員される合理的な組織です。まるで上手くデザインされた機械のように遂行すべき特定の機能や役割が与えられていて、その機械の全ての部分がそのような機能を最大限遂行することに貢献するような組織の類型を言います。そういった観点で官僚制組織と類似した組織を機械的組織として再定義したトム・バンズによると、そのような組織では経営陣が対処すべき問題や課業が専門家の領域に分割され、各個人は自分に与えられた明確に定められた課業を遂行します。コントロールのための明確な階層秩序が存在し、組織全般にわたる知識とその整合性に対する責任は階層秩序のトップである最高経営者に帰属します。

 しかし、このような機械的な官僚制組織は、変化が激しく、組織が経験してなかった問題が起こり、既存の専門家たちに役割を配分することが難しい不確実な経営環境の下では、そのまま維持することが難しくなることも事実です。環境の変化による新しい問題に対応できるように個人の課業が絶えず調整されなければならないし、階層秩序による命令や指示ではなく、専門家による情報の伝達と助言が有機的に行われなければならないからです。トム・バンズはこれを有機体組織で解決できると考えましたが、その究極的な形はジャズのインタープレイのようなものであると考えられます。つまり、組織の構成員が専門性を十分に備えて、それぞれ各自の個性を発揮しながら他のメンバーの活動に同時的に反応する有機体としての組織の様子です。言い換えれば、組織構成員全員がリーダーであり、フォロワー(follower)で、各自の卓越した専門性に基づく同時的で、絶えないコミュニケーションがこのような組織を維持する基盤になります。

 オーケストラ型組織の持つ情報化組織としての特徴からみると、確かに官僚制組織とは一味違う部分がありますが、「ルールに基づいて計画的にやる=譜面通りに演奏する」という側面を考えると、やはりオーケストラ型組織はマニュアル・ベースで動く大きな組織に適用されやすいと考えられます。また、大きい組織も情報をベースに有機的に動くケースもあり得るでしょうから、「有機体的組織=ジャズバンドみたいな小規模組織」とは言い切れないものの、ジャズバンド型の組織モデルは目的や状況によって自由自在に動くチーム組織に適していることも確かです。というより、そもそもチーム組織は有機的でなければならない組織であると言った方が正しいかもしれません。会社の中の小グループはジャズバンドみたいに、事業部などの大きな組織はオーケストラのように運用することができれば、理想的な企業組織になるのではないでしょうか。