【松ゼミWalker vol.156】フランクフルトでのストリートアートとの出あい(教員 松村嘉久)

久しぶりにあの手で行こう!

 ドイツのフランクフルトでの滞在は,8月28日午後からのわずか3泊,自由に活動できるのは実質2日間でした。初日28日(木)は,ホテルにチェックインして,夕方からバスでのシティツアーに参加して,フランクフルトの見どころをざっと巡り,土地勘を得ただけでおしまい。
 残りわずか2日間で何ができるのか,ホテルへ帰って考えました。観光で見ておくべきところは,旧市街地とマイン川沿いくらい。コンパクトな街なので,どこかへ行くついでの半日くらいで何とかなりそうでした。
 ワルシャワとは違い,空港の観光インフォメーションセンターでもらった観光パンフレットに,ストリートアートの紹介は全くありません。左の写真は,ホテルを探し歩くなかでたまたま見つけたもの,壁画というよりも手書きの壁面広告といった内容でした。
 ホテルの部屋で,Google earthのストリートビュー機能を使って,ストリートアートの存在を探ろうかとも思ったのですが,ネット環境が悪くすぐ断念。ベッドに寝転がり観光パンフレットを読んでいると,路面電車や地下鉄など公共交通機関の乗り放題1日券が6.6ユーロ(約990円),と知りました。意外と安いので,「久しぶりにあの手でいこう」と決心しました。

 あの手とは…。1日乗車券を買って,ホテルの最寄り駅から路面電車に乗り,地図と車窓からの風景を眺め,面白そうなところをチェックしながら終点まで行き,帰路,チェックした最寄りで下車を繰り返して帰る,というものです。事前に,面白そうなものと出あえる可能性の高い路線を選び,優先順位を付け,ひとつずつ潰して行く作戦です。
 右の写真は,先ほどの壁面広告と向かい合って描かれていました。場所は,フランクフルト中央駅から歩いて数分のところ,レンガを上手くいかしていました。
 もう少し規模の小さな都市か農村地帯ならば,レンタサイクルやレンタバイクを借りて回る方法も考えられるのですが,交通量の多い大都市では危険なので,公共交通を利用するのが安くて安全。ストリートアートとの出あいが主な目的なので,鉄道や道路の橋梁が多く架かるマイン川沿いの路線,高速道路と一般道との立体交差点を通る路線に狙いを定めました。

マイン川に架かるフリーデンス橋のたもと

 フランクフルト中央駅の駅前から南へ下ると,マイン川に架かるフリーデンス橋へたどり着きます。この橋の北詰の下に,スケートボードやフットサルやバスケットボールのコートがあり,橋梁や壁面にストリートアートが描かれていました。
 フランクフルト滞在中,私は何度かこの空間を通ったのですが,若者たちがスポーツを楽しむのはもちろん,新婚カップルが記念撮影に来たり(左写真参照),地元の写真愛好家グループが撮影会で来たりする,不思議な空間でした。
 ストリートアートとの親和性で言うならば,やはりスケートボードやフットサルなどのスポーツとは合っていて,若者たちが練習している姿も,背景のグラフィティと一体化して絵になっている,と感じました。
 スケートボードを楽しんでいた若者に尋ねると,橋梁などに描かれている壁画は,アートイベントで描かれた合法的なもの,それ以外は非合法のグラフィティとのことでした。イベントで描いている時は,たくさんの見物客が来た,とも言っていました。
  • フットサルを楽しむ若者たち

  • とてもリアルな犬の壁画

  • 雑然と描かれているようだがとても緻密

  • 壁画土台の橋梁は丁寧にペンキで下塗りされていた

狙い撃ちされたか? ガルスバルテ(Galluswarte)駅

 路面電車に乗ってフランクフルト郊外へ向かったところ,興味深い場所を発見しました。楽しそうな鉄道の壁画が,鉄道高架一帯の広範囲の壁面に描かれていたのです。
 高架の上は,フランクフルト大都市圏の鉄道ネットワーク「Sバーン ライン・マイン」が走り,フランクフルト中央駅から北へわずかひとつ目のガルスバルテ駅でした。路面電車を降りて,高架下の壁画を観察すると,とても夢のある鉄道の壁画なのですが,所々が落書きで上書きされていました。
 ガルスバルテ駅のホームへあがると,ホームから線路両側の防音壁が見えるのですが,見渡す限りのほぼ全てに,グラフィティが描かれていました。Sバーンの他の駅のホームからも,必ずと言っていいほど,グラフィティが見えるものなのですが,ガルスバルテ駅は異様なほど多く,見渡す限り続いているという印象でした。
 駅のホームを改めて見ると,ホームへ至る通路にも,鉄道やフランクフルトの観光名所の壁画が描かれていました。駅員がいなかったため,確認はできなかったのですが,ガルスバルテ駅では,鉄道事業者と行政が組み,観光プロモーションも兼ねて,壁画を描いたのではないか,との印象を私は持ちました。それに対して,グラフィティのアーティストたちが,快く思わなかったのか,何か異議があったのか,ともかく,狙い撃ちにされたかのように,グラフィティの多い駅でした。
 グラフィティの描かれている場所は,線路のすぐ横であり,描いている姿を想像すると,とても危険なので,イベントとして描いたとは考えにくい状況でした。しかしその一方で,グラフィティのひとつひとつを見ると,とても気合の入った力作や秀作が多く,短時間で描きあげたものとは思えません。ガルスバルテ駅を巡って,壁画とアーティストとの間で,どのような経緯があったのか,今のところ真実はわかりません。ぜひ探ってみたいと思っています。
  • ホーム最先端からの風景

  • 通路の壁画と防音壁の壁画のコントラスト

路面電車レーダーヘーフェ(Riederhofe)駅を通過した際の衝撃

 路面電車の11号線に乗って終点へ向かう途中,レーダーヘーフェ(Riederhofe)駅を通過した直後の衝撃は強烈でした。一般道・路面電車道と高速道路をつなぐ大きな立体交差点が近づいたので,何かありそうな予感はしました。窓の外を注意深く眺めていると,路面電車が通る道の下側に通路が見え,その壁面の全てにグラフィティがすき間無く並んでいるのが見えました。

 路面電車で通り過ぎたのはほんの一瞬でしたが,遠目で見てもグラフィティのレベルは高く,何と,今回の旅では初めて,何名かの人が,グラフィティを描いている光景も見えました。8月30日(土)の午後3時過ぎ,暑くもなく寒くもなく,秋空ながらうららかな日差しの晴天の日でした。
 本来,終点まで行くつもりでしたが,グラフィティを描いている人から話を聞けるチャンスだと思い,迷うことなく次の駅で下車して,急いでレーダーヘーフェ駅へ戻りました。市街地から郊外へ出たあたりなので,駅と駅の間隔が割りと離れていて,歩いて引き返したのですが,とても長く感じました。
 引き返す途中,赤ちゃんグッズを売るロードサイド型の店舗があり,その車道から見える大きな壁面に,宣伝広告目的の壁画が描かれていました。いつもならば,壁画の近くまで行って,鑑賞・観察するのですが,反対車線から写真を撮るだけ,立体交差点へ急ぎました。
 立体交差点の近くまで来ると,スプレー缶を路上に並べ,集中して黙々と,グラフィティを描いている数組の若者たちが見えました。スプレー缶はやはりMOLOTOWの製品ばかり。壁面のグラフィティを見ながら近づき,しばらく遠巻きに彼らの仕事を眺めて,話しかけるきっかけを探りましたが,みんな一心不乱に壁と向かい合っていて,なかなかそのチャンスを見いだせません。
 こういう状況のもと,無神経に人にカメラを向けるのは失礼な話。一度相手とトラブルと,二度目はほぼ無いので,慎重を要します。目の前にはたくさんの質の高いグラフィティがあったので,無理せず,作品を鑑賞しながら,彼らの後ろを通り抜け,気に入ったグラフィティの写真を撮影して回りました。

 立体交差点を通り過ぎ,レーダーヘーフェ駅まで戻ると,道路の両側は,自動車やバイクの世界的なメーカーの販売店が並んでいました。その一角に食料雑貨店があったので入り,缶ビールやカクテルや清涼飲料水の類を適当に20本近く買い込み,再び立体交差点へと向かいました。
 若者たちは相変わらず,グラフィティを描くのに熱中していましたが,そのなかのひとりと目があいました。その瞬間,「いいグラフィティですね。私はグラフィティを見るのが好きです。少し休憩しませんか。飲み物を買って来たから,自由に飲んでよ。」と英語で声をかけました。
 回りでグラフィティを描いていた若者たちも,振り向いてくれたので,「みなさんも来て,少し休憩しましょう。」と誘うと,近くで描いていた若者たちもスプレーを置いて来てくれました。
 そこで聞き取った内容を簡単にまとめておきたいと思います。基本的にフランクフルト市内でグラフィティを勝手に描くのはイリーガルな行為,しかしながら,この立体交差点の一帯は,イリーガルではなく問題なく描けるそうです。

 何か行政当局に申請して描くという訳ではなく,「私たちには私たちのルールがある」とのことで,出来の良くないグラフィティや,古くなってペンキが剥げたグラフィティを捜して,その上に描く,とのことでした。
 誰の目をはばかることもなく,時間をかけて堂々と描けるので,当然のことながら良い作品がとても多く,じっくり鑑賞できる空間となっていました。
若者のなかには,子供と一緒にグラフィティを描きに来ている人もいました。「みなさんが描いているところを写真撮影していいですか」と尋ねると,「後ろから顔が映らなければいいよ」とのことでした。
 日本でも,こうした空間をつくり,上手く戦略的にマネジメントすれば,わざわざ他所から見に来る場所になることでしょう。この立体交差点に私がいた1時間あまりの間に,明らかに見学に来たと思われる人が10数名いました。
 日本でも彫刻や塑像を公共空間に設置するパブリックアートは,すでに市民権を得ているように思えます。例えば,境港市の水木しげるロードなどは,一般的には,その成功例に挙げられることが多いところです。水木しげるロードは塑像の展示が中心ですが,壁画やシャッター画でも,面白かったことでしょう。ストリートアートで街に賑わいを創出する,そういう試みが近い将来,日本でも必ず…。
  • 地下道のなかもグラフィティがびっしり

  • 床まで髪の毛が…

  • にらめっこしたら負けそう

  • 色数が少なくシンプルだが立ち止まって見た

  • グラフィティのイメージはこんな感じか…

  • しばらく見入った

  • 日本文化をモチーフにしてもクール!

  • 長い壁画の最後のところ,物語性もあった

  • ブタの顔の毛まで細かく描かれていた

  • 瞳の描き込みが素晴らしく引き込まれそう

  • シンプルに見えるがところどころに隠し絵が

  • よく見るとグロテスクな目や口が…

フランクフルトの街なかで出あった壁画

 路面電車に乗って郊外の終点まで行き,フランクフルトの市街地へと帰る行動を2日間続けたのですが,当然,フランクフルト市街地の観光名所も回りました。
 観光地図と路面電車の路線図をよく見て,フランクフルト市街地で違う路線へ乗り換える際,観光名所を巡れるルートを選び歩きました。市街地内の路面電車の駅と駅の間隔は,とても短い距離なので,ついつい歩きすぎてしまいます。
 壁画との出あいはいつも突然です。地図で通りの名前などを確認しながら歩いていて,ふと目線を遠くへ移した瞬間,「あー,あった。壁画や。」と発見し驚きます。
 左写真はまさにその瞬間に撮影したものです。歩行者専用道路の交差点へ出て,右側に目をやると,壁画がありました。壁画を発見したら,写真を撮りながら近づきしばらく鑑賞し,色々と見る場所や角度を変えて何枚も写真撮影して楽しみます。私だけでなく,道行く人たちもスマホなどで撮影していました。

 フランクフルト空港からフランクフルト中央駅へは,わずか3駅しかありません。フランクフルト中央駅のひとつ手前は,ニーダーラート(Niederrad)駅。この駅で停車している車中から,反対側のプラットフォーム越しに,大きな壁画が見えました。あわてて,カメラを取り出し,ドア越しに撮影したのが右の写真です。
 さて,今回のポーランド・ドイツの旅で撮影した写真は,動画も含めて3,782枚。デジタルカメラが存在しなかったバックパッカー時代ならば,フィルムにして36枚撮りで実に106本分。かつては,フィルムだけでバックパックの半分が埋まってしまい,帰国して現像プリントすると軽く10万円はかかっていました。本当に便利な時代になりました。
 フィルムのスペースが空きカメラも小型化したため,私の旅の荷物は,バックパッカー時代よりも大幅に減量され,旅の期間が1日でも3週間でも1年でも,いつも不思議と,30Lのバックパックひとつに収まります。過去と比べて,増えたものと言えば,パソコンくらい。これまで飛行機に搭乗する際,手荷物を預けた経験がほとんどありません。
 最近は,日本語のガイドブック,例えば『地球の歩き方』の類も持っていきません。国際観光学を研究する者として,着地型でどのくらいの観光情報が入手できるのかに興味があるので,現地の観光インフォメーションセンターへ行き,日本語や英語の資料をもらい,それで行動するようにしています。
 学生時代と比べて,英語をストレスなく読んで理解できるようになったのも強みです。日本語での観光情報は少なくても,英語では豊富な国が多いのが現状です。
  • とても存在感のある壁画でした

  • 落ち着いた雰囲気で美しかった

  • 改めて写真を取り直しに行きました