【松ゼミWalker vol.169】 最後のワークショップからアート制作前夜の準備まで

西成ウォールアートニッポン(西成WAN)に込められた想い

 西成アート回廊プロジェクト実行委員会は,2014年11月中旬から,ほぼ毎週,水曜日の夜に,おおよそ1時間から2時間ほど,あいりん地域内のサポーティブハウス「おはな」の談話室にて開催されてきました。
 実行委員のメンバーは多忙な方ばかりで,全員が揃うことはなかなかありませんでした。しかしながら,委員長を務める松村ほか,漫画「カマやん」の作者のありむら潜さん,大阪国際ゲストハウス地域創出委員会の西口宗宏さん,釜ヶ崎のまち再生フォーラムの織田隆之さん,こどもの里の荘保共子さん,今池こどもの家の多賀井潤一郎さん,プロジェクトの協力者である日本人アーティスト3名(Casperさん・Steven en changさん・ONEVERYさん),プロジェクトを協賛支援してくれたRedBullの職員2名などが集まり,その時々の課題について議論してきました。ピンチの際は総合プロデューサーのSHINGO★西成さんのアドバイスも受けながら,本当に色々な課題を乗り越えてきました。
 この水曜夜の実行委員会で議論されたことは,全て松村が翌日,毎週木曜日に阪南大学南キャンパスで開催される専門演習(ゼミ)へ持ち帰り,実行委員でもある4回生の松川和矢君や3回生の栃原智美さんほか,ゼミ生全員へ説明し情報共有し,実行委員会での決定を松村ゼミでサポートする態勢を整えました。

 実行委員会では,今回のアートイベントを「西成ウォールアートニッポン」,略称で西成WAN(ワン)と命名し,WANの「WA」に「和」や「輪」というイメージ,「ワン」という響きに街のみんながひとつになるという願い,こうした活動が日本(ニッポン)全体に広がっていって欲しいという想いを込めました。
 アートを描く壁面は,色々な課題を乗り越え,紆余曲折を経て,西成区萩之茶屋1丁目の南海本線高架西側,高さ2メートル,幅50メートルほどのブロック塀に決定しました。
 この場所は,2015年4月に開校する「いまみや小中一貫校」の東側で,今回のアートで協働するこどもたちのほぼ全員がこの一貫校に通う予定です。
 実行委員会では,この小中一貫校の開校に向けて,ぜひエールを送りたい,そこに通うこどもたちにも,「自分らの街は自分らでつくる」という想いを共有して欲しい,などと話し合われました。アートを描く本番は,阪神・淡路大震災のちょうど20年後の2015年1月17日(土)に決まりました。

クリスマスに開催された最後のワークショップ

 こどもたちとの最後のワークショップは,2014年12月25日(木),クリスマスの13時から15時くらいに開催されました。ワークショップの会場は,あいりん地域内,萩之茶屋小学校東側の仏現寺公園でした。
 ワークショップの目的は,アートを描く本番で使用する予定のドイツMolotow社製のスプレーで,こどもたちに実際に描いてもらい,こどもたちがアーティストたちの指導のもと,どのくらい描けるのかを確かめることにありました。
 松村ゼミからは,松村ほか,4回生の松川和矢・山下喜央,2回生の佐藤舞・竹中さおり・辻勇之介・福田葵・宇都宮沙希の8名が駆けつけました。
 こどもたちとの合流は13時でしたが,私たちは準備を整えるため,10時に現地集合。実行委員やアーティストやレッドブル職員らと合流して,資材の調達やら,コンパネ板を材木で固定してのキャンバスづくりなどを行いました。ドイツMolotow製のスプレーは,協賛していただいた代理店「CalmaArt(カルマアート)」の柳洋輔さんが持ってきてくださり,準備のお手伝いも加わっていただきました。

 こどもたちは13時半少し前,今池こどもの家の多賀井潤一郎さんの引率で,続々と現場に到着。集まったこどもは保護者も含めるとざっと30数名くらい。
 この日がクリスマスだったということもあり,スプレー缶を前にして,こどもたちは到着するなり興奮気味でした。テレビ大阪,NHK大阪,朝日新聞,産経新聞の記者らが取材に来られていたこともあり,こどもたちのテンションはさらに高まりました。
 多賀井さんと松村で交互に,ワークショップの趣旨やアート本番の説明を行ってから,今回も自由に体験してもらおう,と特段の指示もなくGO!となりました。最初のうちは,年長のこどもたちが,自分の好きな色のスプレーを持って余裕で描いていました。そのうち,その様子を見ながら,少し戸惑っていた小さな子供たちも,あっという間にコンパネ板の前へ押し寄せました。
 こどもたちが少し落ち着きだした14時過ぎ,あいりん地域内の施設へクリスマスのプレゼントを届けて回ってから,SHINGO★西成さんが公園に到着したので,こどもたちはまた興奮状態へ。

 描き始めてから1時間ほどが経過すると,コンパネ板5枚分のキャンパスは,鮮やかなスプレーの彩りで,ほぼすきま無く埋め尽くされました。そこで,いったん終了。こどもたちとSHINGO★西成さんらで記念撮影を行いました。
 その後は,アーティストたちの出番。こどもたちが思い思いに描いたコンパネ板に,アーティストのひとりが「XMAS」と立体感のある白と黒のラインを入れると,見守るこどもと保護者たちから「おおー」と歓声があがりました。
 最後のワークショップを終えて,こどもたちでもスプレーである程度は描ける,アーティストらが横についてアドバイスすれば,こどもでもかなり対応できる,などの感触を得ました。何よりも,こどもたちがたくさん公園に集い,ワイワイガヤガヤとみんなで協力しながら,アートを作りあげてゆく風景こそが,この街にとってとても重要だ,とその場にいたみんなが確信しました。
 しかしながら,課題もいくつか見つかりました。例えば,上手くグループ分けしておかないと,こどもたちが壁面の前へどっと押し寄せ,軽いパニック状態になってしまう。

 何の指示も無くこどもに自由に描いてもらうと,限りなく落書きに近い絵になってしまうから,全体的な絵のモチーフや描くテーマなどを事前に決めて,こどもらとも事前にイメージを共有して協力してもらわないといけない,などなど。
 2015年1月17日のアート制作本番に向けて,期待もふくらむけれども,不安もよぎる最後のワークショップとなりました。
 大人数でスプレーを扱って描いたので,スプレー独特の匂いも気になりましたが,ワークショップでは近所からの苦情は無く,この点については安心できました。
 こどもたちが帰った後は,ゼミ生やアーティストほか,居残ったスタッフで後片付け,SHINGO★西成さんにも手伝っていただきました。後片付け終了後,松村はアーティストらとの反省会へ向かい,ゼミ生たちはいったん解散。新今宮TICへ荷物などの搬入を終えた後,時間の許すゼミ生らは反省会に合流しました。

西成WANの本番に向けて やっておかなければならないこと…

最後のワークショップを終えてからも,西成WANの本番に向けて,このイベントの実行委員長として,やっておかなければならないことが山積していて,2014年の年末から2015年の年始にかけて,何かと忙しい日々が続きました。
 最も頭を悩ませたのは,どのような絵を描くのか,それを事前に決め,準備を進めることでした。フィールドワークの段取りなら得意なのですが,アートを描くことに関して素人の私は,何から何まで段取りがわからず,何が必要でどこへ行けば入手できるのかなど,基本的なことが全くわかっていませんでした。
2015年1月7日(水)の本番10日前の定例実行委員会でも,描く絵の具体的な内容は固まらず,漠然と「ここに何らかのメッセージが入り,その両横をアーティストらの絵で囲む」くらいのとてもラフなイメージのみ。左写真のように,アーティストからも色々と提案していただいたのですが,どのようなメッセージを込めるのかという点が定まらず,悩み続けました。この状態で本番を迎えるのは無理だ,とても間に合わない…,と委員長の私の脳裏には「延期」,の二文字がチラつきました。

 しかしながら,3回のワークショップを積み重ねて,地域の子どもたちもやる気になってくれている,11月に予定していた本番実行を一度延期している,という状況のもと,何名かの実行委員やレッドブルの職員から,「予定通り1月17日の本番を目指して,最善の努力をすべきだ。その実現に向けて全面的に協力しますから,一緒に頑張りましょうよ。」との強い励ましをいただき,もう一度,エンジンをかけ直しました。
 残された時間はわずか10日間。思い起こせば,私たちの志の原点は,今回のアート制作が終着駅ではなく,あくまでも始発駅。地域の現状を変えるのには,「何もしなければ何も変わらない」,「後ろへ退くよりはたとえ一歩でも前へ進もう」との想いがありました。
 この原点に立ち返るならば,最悪のところ,たとえ拙くて失敗しても良いから,最善を尽くして,前へ進み何かを学んで次につなげよう,とみんなの意志は固まりました。

 幸いなことに,西成区の地域情報誌『なび』の座談会企画で,SHINGO★西成さんと私が,あいりん地域のど真ん中に立地するカレー屋「薬味堂」にて,2015年1月9日(金)午後に取材を受ける予定が入っていました(上の写真は取材後の様子)。そこで,その前後の時間帯で,詰めの議論をやろう,ということになりました。
 この座談会の合間,SHINGOさんも交えて議論して,こどもたちと描く絵のメッセージを「ここから いまから」に決定しました。
 「ここから世界へ いまから始まる」「いまから未来へ ここから変える」。そんな前向きな志を持って,地域の未来を担うこどもたちと協働で絵を描こう,とSHINGOさんのリーダーシップのもとイメージが固まりました。
 後は,このイメージでアーティストに下絵を描いてもらい,アート制作本番直前の1月14日(水)の定例実行委員会にて,最後の判断を行うことになりました(左写真は参加アーティストCasperさんの壁画@日本橋)。
 1月14日(水)の委員会では予定通りGOと決まり,アート制作に向けた具体的な準備作業や物資調達の方法や,こどもたちの当日の動きやこどもたちをサポートする指導員との連携方法などが話し合われました。
 最終確認された諸点は以下の通り。本番に参加するのは,「こどもの里」,「今池こどもの家」,「山王こどもセンター」に通うこどもたち。主催は西成アート回廊プロジェクト実行委員会,イベント名は西成ウォールアートニッポン(略称:西成WAN)。協力団体は,西成区,新今宮地区観光まちづくり推進協議会,釜ヶ崎のまち再生フォーラム,南海電鉄。協賛団体は,CalmaArt,Red Bull,阪南大学。
 SHINGO★西成さんやアーティストも含めて,イベントに関る全てのマンパワーは無償ボランティアで参加。協力団体は,アートを描くブロック塀の確保や,イベント実行に向けた様々な交渉や調整を人的に支援。イベントの企画と実行にかかる実費は全て,実行委員会と協賛団体で負担することも確認されました。

あいさつ回りと道路使用許可申請など

 話が少し前後しますが,本イベントの実行委員長として,やるべきことは,他にもたくさんありました。私が特に大切だと思っていたのが,地域の関係者へのあいさつ回り。地域の方々からの理解と協力を得られなければ,この試みは次へとつながらないので,気持ちのなかでは「誠実に丁寧に」が原則でした。しかしながら,下絵のモチーフが定まらなかったのと,時間的な余裕もなかったため,なかなかあいさつ回りができずにいました。
 年明け早々の1月8日(木),現・大阪市立今宮中学校(2015年4月から「いまみや小中一貫校」)を西成区役所職員と訪問,堀端和彦校長へプロジェクトの趣旨と,これまでの進展状況を説明させていただきました。堀端校長からは,「趣旨はよくわかりました。ぜひ実現させてください。」と励ましていただきました。写真は,今回のイベントの応援に駆け付けてくれたアーティストMIZYUROさんの壁画@浪速区の恵美須神社の近く。
 1月8日(木)は,今宮中学校から,その足で西成警察署へ立ち寄り,交通課の窓口で,道路使用許可申請に向けた手続きや書類の書き方などを教えてもらいました。昼からはゼミがあったので,阪南大学南キャンパスへ行き,ゼミ生らにも手伝ってもらって,道路使用許可申請の書類を作成。完成した書類を持って,その日の夕方,再び西成警察署へ向かい,生まれて初めて,道路使用許可なるものの申請を行いました。
 これで,1週間後の1月15日(木)から1週間,申請書に書いた通りの安全対策を行えば,アートを制作できる状態になりました。道路使用許可の出た1月15日(木)は,朝一番でその許可証を西成警察署へとりに行き,その足で,アートを制作するブロック塀のある地域の町会長や連合町会長へ,最後の挨拶に伺い,この日はゼミ日だったので,ゼミ生たちにも,全ての準備が整ったことを報告。本来,この1月15日(木)にブロック塀の下塗りをする予定で,ゼミ生たちにも待機してもらっていたのですが,あいにくの雨模様のため中止。明日晴れることを祈って,解散しました。

ブロック塀の下塗りと下絵描き

 翌日,1月16日(金)朝10時過ぎ,西成区萩之茶屋1丁目の南海本線東側の高架下へ,松村ゼミ関係者,アーティスト,レッドブル職員らが,三々五々集まり,ブロック塀の下塗り作業が始まりました。昨日降った雨は止んでいましたが,ブロック塀はまだ少し湿っている状態。気温が上がり乾くのを待って,下塗り作業へ入りました。
 下塗りは実に地道な作業。壁面を保護してスプレーのノリを良くするシーラーという透明の塗料を,みんなで手分けしてローラーで塗るだけ。この塗料が透明だったので,道行く人たちは「何やってんの」と不思議そうに見ていました。
 ざっと終了したのは12時過ぎ。松村は阪南大学の業務のため,ここでゼミ生数名を残して戦線離脱。後の作業の指揮は,アーティストのCasperさんとレッドブル職員にお願いして,大学へと急ぎました。
 松村が大学業務を終えたのは16時半過ぎ,まだ西の空が明るかったので,すぐに作業現場へ電話。「どうなりましたか?」との問いに,「いい感じですよ。下絵描きの作業をまだやっています。」とのこと。
 松村が急ぎ現場に到着したのは,夕暮れ時の17時半過ぎ。あたりがたそがれていくなか,ちょうどいい感じにブロック塀が夕日で照らされていました。そこには,「ここから いまから」のレタリングと,アーティストの描いたキャラクターが彩られていました。

 レタリングやキャラクターのなかの未彩色部分が,翌日,こどもたちが描くキャンバスとなります。「ここまで仕上がっていれば,明日の本番前に少し手直しすれば,何とかなる…」,そう思える下絵ができていました。
 それにしても,朝10時には落書きだらけだったブロック塀が,わずか半日で彩られ,「いい感じ」になっていることに驚き,明日への期待がふくらみました。
 アーティストたちは,こどもたちにイメージしてもらいやすくするため,道路使用許可を得ている18時ギリギリまで作業を続け,最後は「これで明日は何とかなるやろう」とみんながイメージして終われました。
 明日17日(土)の本番で心配なのは,何よりも天候。大雨が降ったら,水性スプレーなので壁画は描けません。寒いのも辛い。子どもたちは来てくれるのか,今池こどもの家の多賀井潤一郎さんに,電話で尋ねると,「ううーん,少なくとも20名は来るはずです。多ければ50名を超えるかな…安心してください。ただ,天気が心配ですね。」とのことでした。
 できるだけのことはやったので,あとは運を天に任せて待つだけ。みんなで食事をしてから解散しました。