都市文化論シンポジウム2021
-古今東西:后・妃と王女ー嫁入りと巨籍降下-

 12月1日(水)4限、「都市文化論シンポジウム2021-古今東西:后・妃と王女—嫁入りと臣籍降下-」が実施された。普段は、神尾登喜子教授は京都、陳力教授は西安、松本典昭教授はフィレンツェを取り上げているが、今回のシンポジウムでは古今東西における王室や皇室、貴族の結婚事情を比較し、相違点や共通点を探った。第1回に続き、リモートによるシンポジウム。いつもの通り、MCは神尾教授だった。

科目担当者コメント

「都市文化論2021」第2回シンポジウムを終えて

松本 典昭:都市文化論(ヨーロッパ)担当

 今回のテーマの発端は、5週前の第1回シンポジウムにおける神尾先生の一言。「次は結婚三題噺をしませんか?」。うん???と驚きつつ、とてもいい宿題をいただいた予感。勉強不足のまま本番当日。政略結婚だの、貴賤結婚だの、結婚詐欺だの、臣籍降下だのと話題が飛び回り、いったいどうなることかと案じていたら、最後の最後に神尾先生が陳先生に「愛新覚羅溥傑さんと浩さんの国際結婚について」のいいトスを上げ、陳先生がみごとなアタックを決めて感動のフィナーレ、と感じたのは、われわれ3人だけだろうか?

陳 力:都市文化論(中国)担当

 今年、私が講義する「都市文化論(アジア)」は都市創造に関わる文化を中心としています。今回のシンポジウムの学生たちの感想を見て若い世代が関心のある都市文化がなにかを違う角度から把握でき、とてもよかったとおもいます。また、松本先生が提示してくださった婚姻披露と都市空間及び都市社会との関係の話題について、私も興味津々でした。学際的な刺激・啓発が研究の新しいきっかけになります。今回のシンポジウムは私にとって教育・研究の両面で大変有意義でした。

神尾 登喜子:都市文化論(日本)担当

 今回のシンポジウムが無事に終了したことに安堵しています。最後の愛新覚羅溥傑・浩の国際結婚は、シンポジウム開始15分前に急遽挿入したデータでした。受講学生諸君からは叱責を受けそうな準備ですね。その背後には、「持続的な思考」があります。毎年度、シンポジウムは2回。その中で、2回目はどちらかというと時宜にかなったテーマを、というのがここ数年の傾向です。歴史や文化は、国際的な社会事情と不可分なものである、ということをご理解いただけたとしたならば、私たち3名の教員があたふたしながらデータを作成し、シンポジウムという90分間の知的ゲームを展開した意味も出てまいります。
付記:やはり、リモートではなかなか音声が上手く受講学生諸君にお届けできなかったようです。次年度の課題として改善して参ります。

「都市文化論」第2回シンポジウム・学生コメント

川北侑育(国際コミュニケーション学部1回生)

15世紀イタリアは多産多死の社会だったが、この厳しい現実は日本や中国でも同様だとわかった。しかしイタリアは少産少死に向けた変化が他よりも早かった。これは婚姻事情の変化によるものなのかどうか疑問を持った。結婚で街に多くの建築が誕生したことから、ハプスブルク家から花嫁を貰うことの重大さがわかった。3カ国の婚姻事情というテーマだけに焦点を当てても、共通点や相違点が多く見つかった。イタリアや中国は大陸にあり、他の国とも隣接していることから、他国の王族との政略結婚が多くあった。それに比べて、日本は国内の皇族同士の身近な婚姻が多かった印象を持った。婚姻事情に島国であることが関わっているかもしれない。中国のように強い国が隣接していたら関係を良くするために日本でも国際的な政略結婚が行われたのではないかと思った。それぞれの国の特徴がでていて、比較したり、追加情報があったりと、面白い内容であった。

大森愛子(国際コミュニケーション学部2回生)

歴史を学ぶと、結婚は政治の一端を担うものだという考え方と頻繁に遭遇します。一方現代では、一家の大黒柱が稼いでいる間に妻は家事をこなすという一昔前のステレオタイプから、子育てをしながら夫婦共に働くというスタンダード、そして子供をつくらずに互いのキャリアを支え合いながら夫婦という制度をとる新たな形態へと変遷しています。時を経るとどれもがステレオタイプになりますが、それぞれが当時のスタンダードとして受け入れられていたと思うと、時代に合わせて変化するということはとても不思議で面白いと感じました。それと同時に、時を経るだけで変化する私たちのスタンダードにも捕らわれる必要はないのではないかと考えました。

加藤直実(国際コミュニケーション学部2回生)

今回のシンポジウムでは、結婚により外国から新しい芸術や文化が入ってきたり、都市の景観が変わったりするという話を初めて聞いたので、印象的だった。メディチ家の婚礼で変化した都市景観の写真のなかに、いくつかこの授業で学び知ったものがあったが、つくられた経緯に婚礼が関係していたとは知らなかったので、新しい知識が増えた。私が最近見た中国の時代劇ドラマでは強い者同士が結婚していたが、それはドラマ内だけの話ではなく、実際にその時代の結婚は強い者同士が行っていたということを今回確認することができた。日本の皇室の場合、新しい形だったテニスコートの恋やキャンパスの恋では、結婚の際に批判や反対意見がなかったのかどうか、あったならどのようなものだったのか気になった。

佐藤成(国際コミュニケーション学部2回生)

15世紀メディチ家の結婚相手は、フィレンツェ商人の娘だったが、そこからローマ貴族、さらにハプスブルク家、ヴァロワ家、ブルボン家と階級が高くなっていったことが、興味深かった。中国の皇帝の場合は近親結婚があったが、血縁の濃い両親から生まれた公主とチベットやモンゴルなどの非血縁者から生まれた公主とでは、寿命の長短はどうだったのだろうか。そして天皇と皇后との間に生まれた皇太子と天皇と皇族ではない妃から生まれた子供についてはどうだろうか。高市皇子のように母親が地方豪族出身であるが故に皇太子になれないものが皇太子に対して不満を持たなかったのか、このような境遇の者が謀反を起こさなかったのか調べてみたい。それぞれの国の結婚事情を聞き、お互いに似通っている点や国特有の結婚事情が面白かった。日本やイタリアは皇族や貴族、皇帝などの血縁者をはじめとした社会階級の高い者どうしで婚姻関係を結んでいた。中国は他民族と婚姻関係を結んでおり、どの国も結婚には政治的意図があったと感じた。

大黒利佳子(国際コミュニケーション学部2回生)

多産多死はどの国の過去にも存在したが、18世紀ごろというかなり早い段階で少産少死に向けて変化したヨーロッパでは、啓蒙思想が衛生の観念や迷信にとらわれない考え方に影響を与えていたということが分かり、とても興味深かった。3国それぞれに共通している点や異なる点があり、異なる点にはその国特有の考え方や出来事が要因となっており、それがとても面白いと感じた。イタリアのオペラと日本の歌舞伎が同時期に生まれたことなど、国別に学んでいる時には気づかないことなので、シンポジウムで比較することで新しい発見があり、楽しかった。

中川遥奈(国際コミュニケーション学部2回生)

ハプスブルク家から花嫁が来ると都市景観が変ったということや、メディチ家が40億円もの持参金をもって嫁いだといったことなど、花嫁の移動に大金が移動したことが一番の驚きだった。結婚とお金の関係について調べてみたいと思った。中国では皇帝がトップということは変わらないため、自分よりランクの低い家から花嫁を貰わないといけないという皇帝の地位の高さや、地位を必死に守ろうとする努力に興味をもった。名前と誕生日を教えてもらうだけで顔を見たこともない人と結婚するという話しに驚きを禁じえなかった。日本では、母親がどこで生まれたか、どの地位の人かで子供(特に男子)の運命が変わることに驚いた。和宮の臣籍降下の図でたくさんの人が参列していたが、結婚式にはどのくらいの人が出席したのか調べてみたいと思った。今まで、結婚がテーマの講義を聞いたことがなかったので、国によって相手の選び方やしなければならないことがバラバラで、それが宗教や政治に関連していることも考え合わせると、とても興味深く楽しいシンポジウムだった。

水口彩香(国際コミュニケーション学部2回生)

 イタリア、中国、日本で共通点と相違点を見つけることができて、とても面白い授業だった。結婚する意味は子孫繁栄や人員確保、お金を儲けるためだと思っていたが、実際はそうではなく、異民族と連帯する手段として結婚するとか、政治干渉を防ぐためには強い家と婚姻関係を結ばないとか、それぞれの国によって違いがあることがわかった。
 イタリア、中国、日本の共通点としては、多産多死がある。この3国だけではなく世界で共通する問題であったが、どうして亡くなる子が多いのか疑問だった。皇族と一般庶民で違いがあるのか気になった。また、一夫多妻制の国と一夫一妻制の国では違いがあるのかも調べてみたいと思った。父親が天皇でも母親が地方豪族出身であると皇太子にはなれないことや、夫婦は会える機会がめったにないことなど、自分がもしその立場だったら耐えられないと思うことも多かった。子供を産んだ後でもすぐに仕事をしなくてはいけない日本と、1か月間何もしてはいけない中国とで、それぞれの国の状況が見えるようであり、同じアジアでも大きな違いがあることに驚いた。王族・皇族の婚姻事情とそれにまつわることも知ることができたので、充実した授業だった。

岡村泉珠(国際コミュニケーション学部2回生)

 私は今、結婚についての授業を取っていて、それと重なる部分がいくつかあり復習にもなり、予習にもなりました。三か国を比べることによって、国の特徴を見ることができてとても良かったです。今はどこの国でも、トップに立つ人でも、恋愛結婚が主流となっているように思えますが、政略結婚が主流だった時代は好きになれない人もいたかもしれないと思うと悲しくなりました。寿命が短い中で、家のための結婚はいいものなのか疑問でした。幸せではない人もいたとシンポジウムで聞き、自分がその立場になると少し嫌だと感じました。でも、それができるのは、親や家へのリスペクトや感謝の気持ち、恩返ししたい気持ちの表われかも、と考えました。
 また、家同士の結婚では、相手の親や自分の親からの圧力により、世継ぎを生まなければならないという焦燥にかられ、とても憂鬱だったと思います。時代劇ではそういった場面を多く見ます。そして、男の子ではなかったらどうしようという不安から流産をしてしまう場面をよく見ます。誰も悪くないのに毎回かわいそうで見ていられなくなります。
 皇室、君主、天皇で結婚について見比べましたが、どれも単純にはいかないことが分かり、お金や地位を持っていても結婚は大変なことだな、と思いました。

福原拓実(国際コミュニケーション学部2回生)

 今回のシンポジウムでイタリア、中国、日本は婚姻関係もそれぞれ古くから独特の歴史があることに気づいた。君主、皇帝、天皇が結婚する過程も様々であり、昔は結婚することは簡単ではなかったと感じた。
 昔は日本だけでなく、イタリアや中国でも、結婚相手の身分を厳しくチェックし、結婚相手を自由に選べなかった。子供を出産しても三人に一人は亡くなってしまうことなど、出産は良いことばかりではなく、辛いことも多かったと感じられた。そう考えると、現在は身分に関係なく、好きな人と結婚できて、とても自由になっていると改めて感じることができた。そして、子供が健康に生まれる可能性が高くなり、安全な環境で子育てができるようになったと感じられた。
 二回目のシンポジウムの内容は一回目より理解するのが難しいと感じたが、婚姻関係も現在の国それぞれの文化を形成していくための基礎となっていると感じた。今回の講義を通して、今まで自分が知らなかった婚姻の歴史を知ることができて良かった。
 そして、都市や婚姻関係以外にも日本、中国、イタリアの三か国の歴史の共通点、相違点を知りたいと感じた。様々な異文化を知って、自国の文化を見直していきたい。そのためには日本とイタリアの都市文化論も受講し、もっと文化の歴史を学んでいく必要があると考えた。来年度のシンポジウムは対面でできたら良いと思った。

渡部大貴(経済学部4回生)

 今回のシンポジウムではヨーロッパ・中国・日本の王族・皇族の婚姻事情についての内容でした。私自身、大学4年生となり、来年は社会人となります。就職活動も終了し、結婚について身近になってきたなと感じています。好きな人と結婚をし、子どもを作り、幸せな家庭を築きたいと考えておりますが、これは私に限らず、多くの人が同意見ではないでしょうか。今回、昔のヨーロッパ・中国・日本の婚姻事情が政略結婚だったことや、出産が命懸けのものだったことなど、いろいろ学ぶことができました。
 婚姻について人生で初めて学んだ講義が今回のシンポジウムでした。今回、私が最も感じたことは、現在に生まれ、好きな人とごく普通に結婚できることに、感謝しなければならないということです。政略結婚はしたくありませんし、多産多死の社会も望みません。しかし、それが当たり前の時代があったということは、不幸だったと感じます。
 今回のシンポジウムは難しい内容もありましたが、より深く学びたいと感じたことも多く、当たり前だと感じていた結婚・出産についてもう一度考えてみるいい機会になりました。歴史を学ぶことで、今の時代の当たり前や課題も学べるのではないかとも思いました。貴重な講義を受講でき、大変嬉しく思っております。

廣内 晴翔(国際観光学部)

シンポジウムでは国を比較することによって様々な違いを知ることができ、とても面白い。今回のシンポジウムでは、授業内では扱わない婚約・結婚という部分の東西比較をすることで、私の知らないその時代の背景や事情などを知ることが出来た。特に最後の満州国皇帝弟・愛新覚羅溥傑さんと浩さんの国際結婚のおまけの話は、刺激的だった。

岡 志穂美(国際観光学部)

洋の東西を問わず、どの国であっても、皇帝や君主や天皇、そしてその周囲で政治を支える貴族たちを中心に、結婚事情が展開されていることがわかった。それが保たれてきたからこそ今の社会があるのでは、と思ったのは私だけだったのだろうか。日本の秋篠宮家の長女の結婚に対して、この授業を受けるまでは、本人たちが幸せなら、私たちはとやかく言えないと考えていた。しかし、これまでの歴史や制度が、国を作り保ってきたことを知ると、結婚の時期や相手、結婚の仕方などかなり重要視されることがわかった。そして、国民が口を出す理由もそこにあるのだと、腑に落ちたシンポジウムだった。

中山亜久理(国際コミュニケーション学部)

Wow, that's unbelievable! これが、シンポジウムを聞いて、私の中に沸き起こった感想です。恋をして好きな人と結ばれるということが当たり前ではなく、漫画などでしか見たことがない政略結婚や家同士の決められた結婚ということが普通だった時代があったことが「普通」であったことへの驚きでした。イタリア・ルネサンスの結婚事情にあった結婚は娘のうち一人は結婚ができ、もう一人は修道院に行かなければならないというのを聞いて、自由がない世界だと感じた。また、メディチ家の婚礼でエンターテインメントとして馬上槍試合や古式サッカーが行われたというのはとても興味深いと感じた。結婚は幸せになるためのものだと考えていましたが、結婚は時には家のためや政治のために使われる手段です。身分によって階級が決まってしまう。これらを通して、結婚が必ずしも幸せではないことが分かった。ヨーロッパ、中国、日本の婚姻事情が知れたので、他国の王族の婚姻事情も調べもっと学習を深めていきたい。