今、大学に求められる真の教養教育とは

 さる1月25日、あべのハルカスキャンパスにて、2019年度阪南大学「後期教養講座開設記念講演」として、東京大学理事・副学長である石井洋二郎先生をお迎えして、講演会「今、大学に求められる真の教養教育とは」が開催された。
 当日は、関西圏のみならず、西は広島から東は東京に至るまで全国各地から、大学関係者を中心に100名余りの聴衆が集まった。本学からも教職員が多数参集し、阪南大高校からも高校生を含む二十数名が参加して、講演会場はほぼ満員の盛況であった。
 講演会はまず田上学長の挨拶において、実学教育を標榜する本学が、なぜ今、教養教育を重視する必要があるのかについての問題提起から始まった。すなわち、グローバル化とAIに代表される情報化が加速する今日、生半可な実学はすぐに時代遅れになってしまう。そこで新しい時代の要請にかなう人材を育てるために、即戦力教育とともに求められるのは真の教養教育ではないか、しかも専門を学び社会に出る前の3,4年次生にこそ教養教育が必要とされるのではないかとの学長からの問いかけがあった。一方、東大ではすでに数年前より石井先生らを中心に「後期教養教育」を実践しており、それを知った本学からの要請に対して石井先生が快諾して下さり、この度の講演会が実現する運びとなった。西本副学長の司会のもと、学長の挨拶に続き、教務部長の西洋教授より2019年度より開講する本学の「後期教養講座」の概要についての説明があり、石井先生と同じ日本フランス語フランス文学会の会員で、先生を本学にお招きする仲介役を担った真田が石井先生のプロフィールの紹介を行った。
 ご講演では、まず量として測られる「知識」と「教養」との違いが喚起され、グローバル化と情報化が進捗しインターネットが普及した今日、各々がかつてとは全く違った性質をもつようになったこと、ポスト・トゥルースやフェーク・ニュースに代表されるように、根拠のない情報が氾濫するようになり、どれが信用に値するものかを見極める見識を培うことが大学の教養教育において極めて重要になったことが指摘された。その一つの例として、2015年3月の東大での学位伝達式(卒業式)において、教養学部長であった石井先生が述べられた式辞での逸話が紹介された。この式辞の内容は、当時ネットを中心に大きな反響と共感を呼びNHKのニュースにも取り上げられた。これは、故大河内東大総長の名言として有名になった「太った豚よりやせたソクラテスになれ」という文言の由来とそれをめぐる3つの間違いを指摘しながら、今日、ネットを中心とする伝達の過程において真実から遠ざかった情報が加速度的に拡散する危うさを示し、真の情報に至りつくためには常に第一次情報に立ち返ろうとする「健全な批判精神」が重要であると教示されたものだった。そして、この「健全な批判精神」を養うことこそが教養の本質であり、今日の教養教育においては、情報の接し方、そのスキルを身に着け、複合的な分野がからむ問題の課題解決能力を高めることが肝要になってくると述べられた。
 石井先生は次に実学教育と教養教育の関係についても触れられ、学びの場である大学と現場である実社会との往復の中で身につけられるとする本学が標榜する実学教育を高く評価して下さった。そして真の実学と教養教育は決して相反するものではなく、むしろ互いに表裏一体のものであり、教養教育もまた実践的に身につけていくべきものであることを強調された。さらに日本の大学の教養教育の変遷についても概観され、とりわけ1990年代の大学カリキュラム自由化の流れの中で、教養部の解体、再編が進み、そのなかで西洋哲学に源流をもつリベラルアーツとしての教養がクローズアップされてきたことを示された。そして「限界からの解放」を意味するリベラルアーツ(教養教育)の構造に注目し、従来の大学前期に行われてきた教養教育が、3つの限界、すなわち「思考の限界」、「知識の限界」、「経験の限界」から学生たちを解放するものであったとすれば、ある程度の専門教育を受けた学生を対象とした「後期教養教育」とは、他の分野との関係において自らの専門分野を相対化する契機を与えるいわば第4の「視野の限界」からの解放をめざすものであることが示された。
 その上で、数年前から東大で行っている「後期教養教育」の例として、フランス大学入学資格試験(バカロレア)の「哲学」の問題設定を参考にした「異文化交流・多分野協力論」での授業についての解説があった。この授業の試みは『大人になるためのリベラルアーツ』としてすでに出版されているが、各回ごとに実に刺激的でアクチュアルなテーマが並ぶなかから、「絶対に人を殺してはならないか」「人口知能研究は人為的にコントロールすべきか」の授業例が紹介された。そして学生たちの複数の分野からのアプローチにより、様々な要素が複雑に絡み合う現実の諸問題を解きほぐすための実践的な教養教育の例が浮き彫りにされた。講演の後はいくつかの質疑応答が続き、石井先生への盛大な拍手によって締めくくられた。
 ご講演は大学の教養教育全般への示唆に富む、深甚でありながら分かりやすい、実に多彩で内容の濃いものであった。石井先生は極めて論理的で緻密に、ときにユーモアも交えて語られ、一方で阪南大学の後期教養教育を充実させるための助言も織り込んで下さって、今後の本学の教育への大きな励ましも頂いた。参加者からも大変勉強になった、素晴らしい講演会であったとのメッセージが多数寄せられ、教養教育全般への理解を深めるとともに本学の取り組みを内外に発信することができた大変有意義な講演会となった。

(文責:真田)