米国反トラスト訴訟と経済学

 今回の経済学NOWでは、米国の反トラスト訴訟において経済学の知見が活用された実例を紹介します。

競争法

 経済学部の学生であれば市場競争を通じて資源の最適配分が実現し、生産の効率性が達成されるという考え方(原理)があることを常識的に知っていると思います。私が研究している競争法は、このような考え方を信頼し、これに依拠して、市場競争を回避、制限あるいは排除しようとする市場参加者(主として会社等の事業者)の行為を規制する法分野と言ってもいいかもしれません。「市場競争を促進する法」という意味で「競争法」と呼ばれることがありますが、日本では「独占禁止法」、米国では「反トラスト法」(Antitrust Laws)という名称で一般に知られています。
 本学同様、多くの大学や法科大学院では、「経済法」という名称の講義が行われています。


再販売価格維持行為

 従来、「競争法」が市場競争を維持、促進する観点から問題視してきたものの一つに「再販売価格維持行為」(以下、「再販」と略します。)という行為類型があります。米国の反トラスト法では、”Resale Price Maintenance”と呼ばれていますが、この行為は例えば、製造業者が販売業者に商品を販売する際、その商品がその後、販売業者から消費者に再び販売されるときの価格(再販売価格)を契約等で定めて販売するものです。特定ブランドに関して、商品の流通段階で再販が組織的に行われると、ブランド内での販売業者間の価格競争がなくなることが知られています。ただし、再販は、商品の販売に付随して顧客にとって価値のあるサービス(例えば、高機能商品の購入に際しての事前説明、実演等)を提供することで同一ブランド内でも競争する余地を残しています。また、製造業者は販売業者に一定のマージンを保証し販売業者間の競争をなくすことで流通網を拡大し、他ブランドに対抗する、あるいは、新規参入を果たすことも可能になります。
 長年、米国では再販は、行為の外形的要件さえ満たせば個別具体的に競争制限効果の分析、立証を必要としない「当然違法原則」(per se illegal)が適用される行為として扱われてきました。しかし、2007年のリージン事件連邦最高裁判決(※1) は、この取り扱いを否定し、再販の場合であっても、検討の対象となる市場の状況を考慮した上でその市場に及ぼす影響を個別具体的に判断する「合理の原則」(rule of reason)に従うことを宣言しました。

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(※1) Leegin Creative Leather Products, Inc. v. PSKS, Inc., 551 U.S. 877 (2007).


エコノミストの法廷意見

 この事件で、最高裁は再販が常に競争を制限するわけではないという判断を示しましたが、その論拠として数多くの経済学関連の文献を引用しています。その中には再販の競争促進効果を理論的に展開するものがある一方で、実証分析の成果に基づき主張するものもあります。米国の反トラスト訴訟では、訴訟当事者以外の第三者が法廷助言者として特定の論点に対して意見書を提出することがよくあります。本件の場合は、産業組織論、競争論、反トラスト政策等を専門とする23名のエコノミストが再販の競争促進効果を主張し、ある行為が再販の形式さえ満たせばその行為を当然に違法とする従来の最高裁の考え方を改めるよう意見書(※2)を提出しました。具体的には、再販によるブランド間競争の促進効果がブランド内競争の制限効果を相殺すること、再販によりフリーライドを防止することで商品の品質を維持するための販売業者による小売サービスが充実すること、さらに、再販により販売業者は不確実な需要に対しても一定量の在庫を維持すること可能となり、消費者の利益に適うことが経済分析に基づき示されています。再販が当然違法原則の適用を受けることは、実際上の適用範囲が徐々に狭くなってきたという歴史的経緯を別とすれば、1911年の最高裁判決(※3)以来、100年近く維持されてきた大原則でした。したがって、最高裁は、上記の意見書に代表される経済学の専門的知見に基づき歴史的な判例変更を行ったと考えることができます。

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(※2) Brief of Amici Curiae Economists in Support of Petitioner, Leegin Creative Leather Products, Inc. v. PSKS, Inc., 551 U.S. 877 (2007).
 この意見書を提出したエコノミスト23名の中には、米国を代表する研究機関に所属する研究者、連邦取引委員会、司法省でエコノミストとしての最高位の地位にあった者が含まれています。
(※3)Dr. Miles Med. Co. v. John D. Park & Sons Co., 220 U.S. 373 (1911).


再販の危険性

 ところで、この判決で最高裁は、再販が常に反トラスト法上問題がなく適法であるとは言い切っていません。最高裁は再販が競争制限的に用いられるいくつかの状況を示しています。その一つに販売業者間の価格協定を支える形で再販が利用される場合を挙げています。販売業者間の価格協定自体は、米国ではハードコア・カルテル(Hardcore Cartel)として当然違法原則の適用を受ける行為ですが、この場合、販売業者らは購買力を背景にして共同して製造業者に働きかけ(圧力をかけ)、自分たちの価格協定の実効性を確保しようとします。つまり、違法な価格協定が目標とする協調的な価格設定を製造業者による再販を通じて支援するのです。このような状況を説明する際にも、過去の先例や著名な反トラスト法学者の著書とともに、経済学者による論文が引用され、製造業者に再販を行わせる販売業者団体の力の存在が示されています。

 このように米国の反トラスト訴訟においては、経済学の知見が大いに活用され裁判所の判断に大きな影響を与えています。