2022年度は、主に貨幣と負債について研究を行いました。貨幣と負債はどちらも豊富な研究が蓄積されてきた重要な分野です。以下では、Wang(2022)及び王(2023)を中心に、昨年度の研究内容をまとめます。
1.貨幣に関する研究
Wang(2022)では、金融構造の視点から中央銀行による資産購入が行われる期間における貨幣供給メカニズムを理論的・実証的に分析しました。この研究を行った理由は、いくつかの不思議な点があったからです。まず、中央銀行による大規模な資産購入が行われた主要国では、マネタリーベースとマネーサプライ(マネーストック)の間に大幅で持続的な乖離が観察されました。これは、伝統的な金融論の教科書に書かれている貨幣供給メカニズムとは明らかに矛盾していることを意味します。また、非伝統的金融政策下での貨幣供給メカニズムを説明する論文は、筆者が知っている限りでは、国際学術誌に掲載された先行研究の中に見当たりませんでした。中央銀行による資産購入の規模およびマネタリーベースとマネーサプライの乖離の大きさを考えると、これは驚くべき知の空白(ギャップ)です。
本研究では、中央銀行による大規模な資産購入が行われる場合、マネーサプライがどのように決定されるのかを明らかにするために、新しい理論的枠組みを提示しました。さらに、多変量時系列分析を行い、中央銀行の資産購入、資産価格、銀行貸出がマネーサプライと密接に関連していることを明らかにしました。また、対照的な金融構造を持っている日米両国には、貨幣供給ダイナミクスの明確な違いがあることも発見しました。第一に、FRBの資産購入は、マネーサプライをより強く増加させる傾向があります。第二に、アメリカでは、資産価格とマネーサプライの間のダイナミックな相互作用がより強いです。第三に、銀行貸出は日本のマネーサプライの決定にとってより重要です。
さらに、本研究から重要なインプリケーションを導くことができます。ここでは中央銀行(金融当局)がマネーサプライをコントロールする能力に関連するものだけを紹介しましょう。本研究の分析結果は、非伝統的金融政策下では、投資家、銀行、借り手(家計や企業など)などの経済主体の意思決定がマネーサプライの決定に大きな影響を与えることを示しています。しかし、本研究でも示唆されているように、政策金利が異常に低い水準で維持され、金融システムへの流動性供給が極めて豊富な非伝統的金融政策の場合、経済主体の貨幣に関連するインセンティブと意思決定を制御することは困難です。このことは、中央銀行がマネーサプライをコントロールする難しさを一層複雑化し、その不確実性を増大させかねません。
このように、本研究では、非伝統的金融政策下での貨幣供給メカニズムや金融構造が非伝統的金融政策の波及メカニズムにどのように影響を与えるかなどについて新たな知見を提供しています。
本研究では、中央銀行による大規模な資産購入が行われる場合、マネーサプライがどのように決定されるのかを明らかにするために、新しい理論的枠組みを提示しました。さらに、多変量時系列分析を行い、中央銀行の資産購入、資産価格、銀行貸出がマネーサプライと密接に関連していることを明らかにしました。また、対照的な金融構造を持っている日米両国には、貨幣供給ダイナミクスの明確な違いがあることも発見しました。第一に、FRBの資産購入は、マネーサプライをより強く増加させる傾向があります。第二に、アメリカでは、資産価格とマネーサプライの間のダイナミックな相互作用がより強いです。第三に、銀行貸出は日本のマネーサプライの決定にとってより重要です。
さらに、本研究から重要なインプリケーションを導くことができます。ここでは中央銀行(金融当局)がマネーサプライをコントロールする能力に関連するものだけを紹介しましょう。本研究の分析結果は、非伝統的金融政策下では、投資家、銀行、借り手(家計や企業など)などの経済主体の意思決定がマネーサプライの決定に大きな影響を与えることを示しています。しかし、本研究でも示唆されているように、政策金利が異常に低い水準で維持され、金融システムへの流動性供給が極めて豊富な非伝統的金融政策の場合、経済主体の貨幣に関連するインセンティブと意思決定を制御することは困難です。このことは、中央銀行がマネーサプライをコントロールする難しさを一層複雑化し、その不確実性を増大させかねません。
このように、本研究では、非伝統的金融政策下での貨幣供給メカニズムや金融構造が非伝統的金融政策の波及メカニズムにどのように影響を与えるかなどについて新たな知見を提供しています。
2.負債に関する研究
アメリカのサブプライムローン問題に端を発した世界金融危機は、現代市場経済が抱える負債に関する諸問題を浮き彫りにしました。これをきっかけに、負債問題が学際的な関心を集めるようになりました。こうした世界情勢や学術の動向の中で、近年は負債経済論——負債を基軸に据えて負債経済を分析する理論が注目を浴びています。王(2023)では、人間と負債の関係を総合的に理解する必要性を示した上、負債経済論をそのための有用な理論的ツールの一つと捉え、その理論的枠組みや論理展開に関する分析により負債経済論の本質を明らかにしようと試みました。本研究の目的は、負債経済論の本質を把握すると同時に、金融的・経済的・社会的・心理的・道徳的な側面を総合的に結びつける手法を用いて、市場経済システムにおける人間と負債の関係を考察することです。
本研究の分析により、負債経済論が、負債に内在する道徳性と非対称性という二つの性質を理論的な前提とし、個人・社会・統治の三つのレベルで理論を構築・展開していることを明らかにしました。また、負債経済論の鍵となる主要な論点、すなわち、負債が債務者に自助努力・自己責任を内面化させることで人間の主体性の構築に直接的かつ強力な影響を与えることを明確に示す点、債権債務関係が広い範囲にわたって他の社会関係に重要な影響を与えると指摘し広い文脈の中で債権債務関係を捉える点、負債が統治技術にもなりうる可能性を提示し新自由主義政策が負債を通じて展開されていると論じる点などを取り出して示した。
本研究の分析結果は、市場経済システムにおける人間と負債の関係を理解・認識する際だけでなく、経済と社会の相互作用を考える際にも示唆を提供しています。例えば、人間の本性に基づく道徳や社会規範が、過度な利己主義を抑制し、行き過ぎた市場主義を抑制する役割を果たすとされていますが、負債経済では、これらの「市場抑制装置」が市場・市場的領域を拡大する力に転化する可能性があります。
本研究の分析により、負債経済論が、負債に内在する道徳性と非対称性という二つの性質を理論的な前提とし、個人・社会・統治の三つのレベルで理論を構築・展開していることを明らかにしました。また、負債経済論の鍵となる主要な論点、すなわち、負債が債務者に自助努力・自己責任を内面化させることで人間の主体性の構築に直接的かつ強力な影響を与えることを明確に示す点、債権債務関係が広い範囲にわたって他の社会関係に重要な影響を与えると指摘し広い文脈の中で債権債務関係を捉える点、負債が統治技術にもなりうる可能性を提示し新自由主義政策が負債を通じて展開されていると論じる点などを取り出して示した。
本研究の分析結果は、市場経済システムにおける人間と負債の関係を理解・認識する際だけでなく、経済と社会の相互作用を考える際にも示唆を提供しています。例えば、人間の本性に基づく道徳や社会規範が、過度な利己主義を抑制し、行き過ぎた市場主義を抑制する役割を果たすとされていますが、負債経済では、これらの「市場抑制装置」が市場・市場的領域を拡大する力に転化する可能性があります。
参考文献
Wang, Ling (2022) The dynamics of money supply determination under asset purchase programs: A market-based versus a bank-based financial system. Journal of International Financial Markets, Institutions and Money, 79, 101593.
王 凌(2023)「日常生活と負債—負債経済論を手がかりに—」『人間と市場経済:日本型市場経済システムの変容に着目して』所収、晃洋書房、51-68ページ。
王 凌(2023)「日常生活と負債—負債経済論を手がかりに—」『人間と市場経済:日本型市場経済システムの変容に着目して』所収、晃洋書房、51-68ページ。