人間と市場経済 — 日本型市場経済システムの変容に着目して
(阪南大学叢書123,晃洋書房,2023年3月刊) 王 凌 著
内容紹介
阪南大学経済学部Web広報誌『阪南経済NOW』からの依頼を受け、2023年3月に刊行された拙著を紹介させていただきます。
新古典派経済学が前提とする「ホモ・エコノミクス」(homo economicus)は、他者に依存せずまたその影響も受けず、常に経済的合理性を貫徹する人間像を基盤にしています。ホモ・エコノミクスという全知全能な人間像に対して、現実世界では、世界金融危機(Global Financial Crisis)や新型コロナウイルスのパンデミック(COVID-19 pandemic)など、地球規模の危機が相次ぎ、これらの出来事が人間の脆弱性や無力さを鮮明に浮かび上がらせています。このような状況の中で、時代的閉塞感が広がりつつあり、1980年代以降に世界を席巻してきた新自由主義的市場経済モデルの限界が露呈しています。
世界的に生じている時代的閉塞感をどう打ち破るのか。新自由主義的市場経済モデルの限界をどのようにすれば乗り越えられるのか。これらがこの時代の重要な課題であると考えています。これまであたかも「唯一の選択肢」とされてきた枠組みとは異なる発想・やり方・実践を提示し、その背後の論理や構造をできるだけ実態に即して客観的に分析するのが一つの方策になるかもしれません。このような分析手法を用いることで、われわれは社会・経済・人間生活の形態やあり方について思考する次元と空間を広げることができるでしょう。そして、このような分析を展開する際に、近代以降主流的・支配的になった枠組みと異なる思想的伝統、文化的基盤、価値志向を持つ非西洋文明は、未来に開いた可能性・オルタナティブに関する模索を刺激してくれる資源的な存在になるのではないかと考えています。
こうして、相次いだ世界的な危機や災害は、自分にとって人間存在、人間生活、そして人間社会について考える契機となりました。同時に、地球村に住む住民の一人として、世界的に蔓延している時代的閉塞感に閉じ込められないために何をすればよいか、また、自分がそれにどのように関わるべきかという問題に関心を持つようになりました。そこで、現実世界における「市場経済システムの多元性」を探求し、異なる文明・文化が融合し共生する可能性を模索する試みを始めました。本書は、その研究の一部をとりまとめたものです。市場経済システムのあり方を決定する要因は何なのか、われわれはどのようにすればその多元性を理解できるのかなどの問いを考えるためのヒントを提示し、世界で多発している対立・分断を少しでも和らげたいという意図を本書にこめたつもりです。
本書の特徴として、主に以下の3つを挙げることができます。
まず、本書は、人間が社会から切り離された画一的な存在ではないという前提に立ちながら、戦後から現在に至る日本の市場経済システムの変容を主な分析対象としています。
また、本書は、日本型市場経済システムに生じた現実の変化を横断的かつ縦断的(歴史的)に、質的かつ量的に検討しています。より具体的に言えば、日本型市場経済システムの代表格とされる金融領域と労働・雇用領域を分析の中心軸とし、両領域は関連範囲が広いため、財政、社会保障、人口構造、家族規範なども分析の射程に入れています。そして、歴史資料に基づいて戦後日本の市場経済制度の系譜・歴史的変遷を考察すると同時に、豊富な統計資料を駆使して、日本の市場経済システムの変容に関する量的な把握を試みています。
さらに、本書は、一貫して人間的な視点(human-focused perspective)を分析に導入し、社会と経済との連関を考えるという研究スタイルを取っています。具体的には、6つの章で、それぞれ、家計の資産形成(第1章)、投資家と企業との関係(第2章)、人間と負債との関係(第3章)、老後生活のための労働者の個人投資家への転換(第4章)、人口構造の変化による金融システムの市場化(第5章)、女性就業の二重構造(第6章)という人間生活に密接に関わる複数の視点に立脚して、日本型市場経済システムの変容を理解する上での重要な側面を分析しています。このような分析を通じ、社会と経済との連関という文脈の中で人間をどのように捉えればよいか、市場経済システムにおいて人間の意識・行動・生活様式を規定する諸要因は何かなどの問いを探求しています。
以上のように、本書は、日本型市場経済システムの変容、社会と経済との連関、市場経済システムにおける人間の位置づけなどの問題を検討し、それに対する理解・認識に定性的・定量的な貢献がなされることを意図するものです。また、本書は、全体を通して、日本型市場経済システムの特徴に深く関わっており、日本の社会・経済制度や慣行などを理解する上でも、市場経済システムの多元性を把握する上でも、重要な示唆を与えています。さらに、本書は、新旧・内外の諸要素が相互に連関しあう中で日本型市場経済システムがどのように変容してきたかについて、その動態的かつ複合的な構図を提示しています。それにより、現代市場経済システムに共通する一般的な特徴を抽出すると同時に、日本型市場経済システムの変容過程で生じた抵抗、受容、創造など相異なる諸側面を把握しました。この意味で、本書の分析結果は、市場経済システムの変容という動的過程に多様な展開の可能性があることを示唆しています。
本書は刊行してから約1年が経ちましたが、時の流れとともに世界に広がる時代の閉塞感が一段と深まり、傷ついた魂を抱え、ヒューマニティーの危機に涙する人々が増えているでしょう。それでも、時代の涙を拭いて、前に進み続けましょう。
新古典派経済学が前提とする「ホモ・エコノミクス」(homo economicus)は、他者に依存せずまたその影響も受けず、常に経済的合理性を貫徹する人間像を基盤にしています。ホモ・エコノミクスという全知全能な人間像に対して、現実世界では、世界金融危機(Global Financial Crisis)や新型コロナウイルスのパンデミック(COVID-19 pandemic)など、地球規模の危機が相次ぎ、これらの出来事が人間の脆弱性や無力さを鮮明に浮かび上がらせています。このような状況の中で、時代的閉塞感が広がりつつあり、1980年代以降に世界を席巻してきた新自由主義的市場経済モデルの限界が露呈しています。
世界的に生じている時代的閉塞感をどう打ち破るのか。新自由主義的市場経済モデルの限界をどのようにすれば乗り越えられるのか。これらがこの時代の重要な課題であると考えています。これまであたかも「唯一の選択肢」とされてきた枠組みとは異なる発想・やり方・実践を提示し、その背後の論理や構造をできるだけ実態に即して客観的に分析するのが一つの方策になるかもしれません。このような分析手法を用いることで、われわれは社会・経済・人間生活の形態やあり方について思考する次元と空間を広げることができるでしょう。そして、このような分析を展開する際に、近代以降主流的・支配的になった枠組みと異なる思想的伝統、文化的基盤、価値志向を持つ非西洋文明は、未来に開いた可能性・オルタナティブに関する模索を刺激してくれる資源的な存在になるのではないかと考えています。
こうして、相次いだ世界的な危機や災害は、自分にとって人間存在、人間生活、そして人間社会について考える契機となりました。同時に、地球村に住む住民の一人として、世界的に蔓延している時代的閉塞感に閉じ込められないために何をすればよいか、また、自分がそれにどのように関わるべきかという問題に関心を持つようになりました。そこで、現実世界における「市場経済システムの多元性」を探求し、異なる文明・文化が融合し共生する可能性を模索する試みを始めました。本書は、その研究の一部をとりまとめたものです。市場経済システムのあり方を決定する要因は何なのか、われわれはどのようにすればその多元性を理解できるのかなどの問いを考えるためのヒントを提示し、世界で多発している対立・分断を少しでも和らげたいという意図を本書にこめたつもりです。
本書の特徴として、主に以下の3つを挙げることができます。
まず、本書は、人間が社会から切り離された画一的な存在ではないという前提に立ちながら、戦後から現在に至る日本の市場経済システムの変容を主な分析対象としています。
また、本書は、日本型市場経済システムに生じた現実の変化を横断的かつ縦断的(歴史的)に、質的かつ量的に検討しています。より具体的に言えば、日本型市場経済システムの代表格とされる金融領域と労働・雇用領域を分析の中心軸とし、両領域は関連範囲が広いため、財政、社会保障、人口構造、家族規範なども分析の射程に入れています。そして、歴史資料に基づいて戦後日本の市場経済制度の系譜・歴史的変遷を考察すると同時に、豊富な統計資料を駆使して、日本の市場経済システムの変容に関する量的な把握を試みています。
さらに、本書は、一貫して人間的な視点(human-focused perspective)を分析に導入し、社会と経済との連関を考えるという研究スタイルを取っています。具体的には、6つの章で、それぞれ、家計の資産形成(第1章)、投資家と企業との関係(第2章)、人間と負債との関係(第3章)、老後生活のための労働者の個人投資家への転換(第4章)、人口構造の変化による金融システムの市場化(第5章)、女性就業の二重構造(第6章)という人間生活に密接に関わる複数の視点に立脚して、日本型市場経済システムの変容を理解する上での重要な側面を分析しています。このような分析を通じ、社会と経済との連関という文脈の中で人間をどのように捉えればよいか、市場経済システムにおいて人間の意識・行動・生活様式を規定する諸要因は何かなどの問いを探求しています。
以上のように、本書は、日本型市場経済システムの変容、社会と経済との連関、市場経済システムにおける人間の位置づけなどの問題を検討し、それに対する理解・認識に定性的・定量的な貢献がなされることを意図するものです。また、本書は、全体を通して、日本型市場経済システムの特徴に深く関わっており、日本の社会・経済制度や慣行などを理解する上でも、市場経済システムの多元性を把握する上でも、重要な示唆を与えています。さらに、本書は、新旧・内外の諸要素が相互に連関しあう中で日本型市場経済システムがどのように変容してきたかについて、その動態的かつ複合的な構図を提示しています。それにより、現代市場経済システムに共通する一般的な特徴を抽出すると同時に、日本型市場経済システムの変容過程で生じた抵抗、受容、創造など相異なる諸側面を把握しました。この意味で、本書の分析結果は、市場経済システムの変容という動的過程に多様な展開の可能性があることを示唆しています。
本書は刊行してから約1年が経ちましたが、時の流れとともに世界に広がる時代の閉塞感が一段と深まり、傷ついた魂を抱え、ヒューマニティーの危機に涙する人々が増えているでしょう。それでも、時代の涙を拭いて、前に進み続けましょう。