皆さんは「1st MOVER Advantage(先発者優位)」、「2nd MOVER Advantage(後発者優位)」という言葉を聞いたことがありますか?先発者優位とは、企業が新しい市場に1番で参入することによって持つことができる優位性のことです。それは最初であることで、その製品カテゴリーの代名詞となることができ、後から参入してくる製品に対して心理的な壁を作ることができると言われています。例えば、スポーツ中の水分補給飲料として初めて出た(先発)のは大塚製薬が1980年に出した「ポカリスエット」で、後発は日本コカ・コーラが1984年に出した「アクエリアス」になります。その後、これら二つの製品を代表として“スポーツドリンンク”というカテゴリーが確立されるのですが、それでもスポーツで汗を流した時や風邪で熱を出した時などに飲む飲料の総称として「ポカリ」と言われるようになりました。このスポーツドリンクの事例に見られるように、人は初めて口にするモノの味を認知すると、その味が慣れ親しんだ標準となりやすいことから、先発で市場に参入することが重要になると考えます。
 後発者優位とは、先発の製品に対して2番手以降の製品だからこそ持つことができる優位性のことです。それは、先発企業が先に出した製品の良い点・悪い点を参考にしてさらに良い製品を作ることが可能だからだと言われています。例えば、世の中に初めてパーソナルコンピュータ(OS)を送り出した先発はApple社が1984年に出した「Macintosh(MacOS)」で、後発はMicrosoft社が1995年に出した「Windows95」になります。その後、後発のMicrosoft社は当時世界最大のコンピュータメーカーであったIBM社と連携することによって、パーソナルコンピュータ(OS)の世界でのシェアはWindowsが88.2%、MacOSが9.4%となって、圧倒的なシェアを握っていきます。コンピュータのように技術革新のスピードが速い製品の場合は、市場に参入する順番よりも、ユーザーが使いやすいように常に製品を改善し続ける方が重要であると言えます。
 こうした事例に見られるように、その市場に1番で参入するか、2番目以降に参入するか、の判断はそれぞれ製品や市場の特徴によって異なりますし、同時にメリットとデメリットがあって、新製品は常に1番で市場に参入したほうが良いとは一概に言えるものではないと言えます。

 さらに、私の身近な企業の事例で、業界最後発なのにその製品カテゴリーの代名詞になったものがあります。それは、京都銘菓八ツ橋の「おたべ」です。現在、京都を訪れる観光客の実に96%の人が土産として菓子類を買って帰り、そのうちの45.6%の人が八ツ橋を買って帰るほどの、京都を代表する観光土産となっています。そうした八ツ橋の中にあって「おたべ」というのは企業名で、正式には株式会社おたべ(2015年4月1日に株式会社美十に社名変更)と言い、企業名と商品ブランド名が同じになります。株式会社おたべの創業は1938年で、現在の社長 酒井宏彰氏は三代目となります。「おたべ」は80年以上の歴史があるのですが、記録が残っている最も古い八ツ橋メーカーは1689年(元禄2年)創業とありますから、そのメーカーの330年にわたる歴史と比較すれば「おたべ」はまだまだ新参者で、現に京都にある5大八ツ橋メーカーの中では最後発メーカーになります。まあ、それでなくても京都には創業100年を超える企業が数多くあるので、京都では創業100年に満たない企業は新参者扱いされるそうですが…。

 それでは、そうした新参者で最後発企業の「おたべ」が、なぜ八ツ橋の代名詞にまでなったのでしょうか?そこには大きなイノベーション(革新)があったのです。皆さんは、八ツ橋と聞いてどのようなお菓子を想像しますか?薄く伸ばした生地を焼き上げた焼菓子ですか?それとも餡子をニッキ(肉桂、シナモン)の味のする薄い餅皮で二つ折に包んだ「生八つ橋」ですか?先ほどのお土産で八ツ橋を購入する45.6%の人で言えば、八ツ橋(焼菓子)は21.1%、生八ツ橋は24.5%となって、生八つ橋の方が良く売れています。皆さんも、生八つ橋の方を想像した人が多かったのではないでしょうか。
 実は、この生八つ橋を生み出したのが八ツ橋業界最後発企業の株式会社おたべだったのです。1966年に粒餡入り生八つ橋「おたべ」が発売されましたが、それまでの八ツ橋は焼菓子だったのです。それは、京都の八ツ橋として300年も続く伝統であったことが大きいと考えられますが、それ以外にもお土産として常温で長期保存に絶え得る食品として“当たり前”のことだったものと考えられます。そうした中で、その後二代目社長となられる酒井英一氏は創業社長であった父の酒井清三氏の猛反対を押し切って生八ツ橋の開発と販売に踏み切りました。それは、1960年代当時の真空パックや冷蔵保存に関する技術を考えれば、非常にリスクの高い挑戦だったと思います。またそれ以上に、伝統と格式を重んじる京都にあって、『八ツ橋=焼菓子』という八ツ橋メーカー業界の伝統・常識や当たり前を破っていることが凄いと考えます。
 その後、生八つ橋は他の伝統あるライバルメーカーも参入するようになり、今では色や味のバリエーションも増え、“生”八ツ橋という新しいカテゴリーが生まれました。当然、新しい生八つ橋というカテゴリーを創造した「おたべ」は先発者優位を獲得し、「生八つ橋=おたべ」と認知されるのですが、その後、生八ツ橋市場が八ツ橋(焼菓子)市場を規模で追い越すようになって、「八ツ橋=生八ツ橋=おたべ」と認知されるようになったと考えます。

 これらの事例から、ビジネスでは“こうすれば必ず勝てる”という必勝方程式のようなものはないのですが、1)全く新しいものを創造する、2)ライバルのモノを改良する、というのが有効であることがわかりました。ただ、全く新しいものを創造するのは、Apple社を創業したジョブスのようなある意味で天才的な才能が必要なのかもしれません。それでも、私たちのような凡人であってもできることは、自分が属している社会や組織の常識や当たり前を疑ってみることだと思います。そのためにも他の社会や組織のことを積極的に見るようにしましょう。例えば、大阪の人はエスカレーターで立ち止まるときは右側に立ちますが、東京の人は左側に立ちます。それが常識になっています。しかし、このことも大阪にしか住んだことのない人は気がつきません。東京でエスカレーターに乗って初めて、大阪との違いに気がつくのです。海外旅行や留学も同じです。それは海外に行ってその国の言語や文化や風習を知ることができますが、それと同時に、自分たちが当たり前だと思っていた日本の文化や風習について気づかされるものです。

 これから大学進学を目指される皆さんに知っておいてもらいたいことは、大学は勉強をするところですが、その勉強も教室で本を読むことだけではありません。自分の世界や殻を少しで良いですから破って、新しい経験をしてください。大学生活では、その為の時間がたっぷりあります。そして、そうした経験によって得た“気づき”が、皆さんを成長させ、社会に出たときの糧になると信じています。

身近な経営情報あらかると

 本連載では、われわれ阪南大学経営情報学部の教員が日頃の研究成果をもとに、みなさんの暮らしに役立つちょっとした知識を提供していきたいと考えています。研究分野はさまざまですが、いずれの場合も社会に役立つことを最終目標としています。難しい理論はとりあえず脇に置いて、身近な視点から経営情報学部に興味を持ってもらえれば幸いです。

連載講座 「身近な経営情報あらかると」 過去記事はこちら